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紡ぎ唄
りんちゃんが生き返った直後。
取り戻した声と言葉のお話。

よろしければつづきから是非~^^











































「良いか、小娘。」
 
血と汗と泥で汚れた人間の少女に向かって、
かれこれ四半刻ばかり繰り返してきた質問を改めて投げ付けた。
 
「訊かれたことにはきちんと答えろっ!せめて自分の名くらい言えるじゃろうが!」
 
喚く邪見に、少女はただ途方に暮れたような顔で小首を傾げるばかりだった。
 






紡ぎ唄






 
邪見は初めて接する人間の小娘の扱いにおおいに辟易していたが、
対するりんも負けず劣らず困っていた。
 
りんは口が利けないのだ。
 
それを目の前にいる老妖怪にどう伝えたらいいものか、
どうしたら伝わるのかが分からない。
 
 
つい昨晩、確かにりんは狼に襲われたはずだった。
噛み切られた――――ように思う。
しかし意識が戻った時、りんは温かい毛皮に半身を押し当て、
白銀の妖の強い腕に支えられていた。
何が起こっているのか理解できず瞬きするりんを、妖は綺麗な金色(こんじき)の瞳でじっと見下ろしていた。
 
やがて恐る恐る身を起こしたりんがしっかり立ち上がったのを見届けてから、
妖は何も言わずに踵を返した。
 
その後についてりんは歩き出した。
理由は分からない。
正直なところ、あの時自分に何が起きていたのか、未だによく思い出せないのだ。
 
ただ一つ覚えていることは、
後からとことこついてくるりんに対して妖が何も言わなかったことだけだ。
それだけで自分の存在を容認されているような気がして、緑の肌をした老妖怪が露骨にりんを無視していても、全く気にならなかった。
 

そして夜が明けて今日に至り、老妖怪もようよう諦めたのか、ぶっきらぼうに一言二言りんに話しかけ始めた。
 
お前の名は何だ?とか
昨夜のことを覚えているのか?等々。
 
しかしどれだけ問いかけても答えない少女に痺れを切らし、
こうして喚き続ける邪見の図が完成したというわけだ。
 
 
「どうして何も言わん!言葉がわからないのか?」
「・・・・・・。」
「しかし名くらいはわかるじゃろ!名前だ、名前!」
「・・・・・・。」
「はてこの小娘、本気で言葉を解していないのか、余程の愚か者なのか・・・。」
 
 
困惑している少女を見つめながら、
邪見は本人の目の前で大っぴらに悪口を言い始めた。
 
少女は首を縮める。
 
 
(ごめんなさい。りんは、声が出ない、です。)
 
 
だが、このことをどう伝えたらいい?
 
そもそもりんは“声が出ない”という己の状態を
完全に理解できているわけではない。
 
目の前で家族を皆殺しにされた際の精神的な打撃により声を失ってしまったという事実は、
村人達の噂話で何となく聞き齧っていたが、
それがどういうことなのかはよく分からなかった。
 
りんに在るのは、もうどこにも家族がいないという、ただその事実だけだ。
 
 
「殺生丸さま、この小娘いかがいたしましょう?」
 
 
手を上げた老妖怪が振り仰いだ先を、りんもまた振り返った。
 
そこに佇むのは昨夜の妖。
幾度も老妖怪が呼びかけるので、この美しい妖の名はとっくに刻み込まれている。
 
“せっしょうまるさま”だ。
 
 
もちろん殺生丸はこの娘の口が利けないという状態を知っていたが、
自らの口でそれを説明してやるような親切心は持ち合わせていない。
しつこく邪見に詰問されて困惑したりんが、救いを求めるように妖を見上げても、
わざわざ手を貸すような優しさは微塵もない。・・・まだ。
 
老僕の言葉を黙殺して立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
 
少女は素早く反応し、小走りに妖の後に続く。
 
 
(やれやれ・・・今日もついてくるか、この娘・・・。)
 
 
邪見は人知れずため息を吐いた。
 
 
 
 
 
 
夜明けと共に出発した一行は、
日が中天に差し掛かる頃ようやく小川の側にて休息を入れた。
 
りんはほっとして小川に駆け寄る。
喉はからからだし、辛抱強く歩き続けた小さな足がじんじん痛む。
川の流れで冷やせたら随分楽になるだろう。
 
岸に腰掛けて足を差し入れ、汗でべとつく首周りを袖で拭う。
心地よい風に吹かれると、疲弊した体も波が引くように癒えていく。
 
 
「・・・!」
 
 
目を上げると、すぐ近くで小鳥が二羽、水浴びに興じていた。
囀りながらちょこまか動き回り、小さな飛沫を上げている。
 
その様子が可愛らしくて、りんは身を乗り出して眺めた。
最初は仲が良さそうに遊んでいた小鳥達だったが、そのうち軽い突き合いに発展してしまった。
 
(可愛い。兄弟・・・かな?)
 
亡き兄と遊んでいるうちに何故か喧嘩に発展した覚えはりんにもある。
小鳥の喚く様子があまりにも自分に似ていた為、無意識のうちにりんは笑った。
声を上げて、笑った。
 
すると、邪見の声が飛んできた。
 
 
「お、お前・・・!?」
「?」
 
 
振り返ると、大きな目を更に見開いた老妖怪が、口まであんぐり開けてりんを見ていた。
 
「い、今、声を上げたのは、お前じゃな?」
「・・・?」
「やはり口が利けるのではないか!」
 
邪見があまりにも凄い勢いで駆け寄ってくるので、りんは思わず息を呑んだ。
その時微かに「わわっ」というような声が出た。
そして声が出た自分に自分で驚いた。
 
「さんざん手間を取らせおって!話せるのなら何故そう言わん!?」
「あ・・・。」
「つまりお前は生意気にも、今までずっとわしのことを無視して・・・ってこら!聞け!」
 
 
りんに老妖怪の言葉は届いていなかった。
急いで邪見の横を通り過ぎると、木に背を預けて座っている妖の側に駆け寄った。
 
りんはぺたりと腰を下ろし、
口をパクパクさせながら妖に何事かを伝えようとした。
しかし伝えたいことはまとまった形を作らず泡(あぶく)のように弾け、
結局言葉にならなかった。
 
 
「・・・・・・。」
 
 
再び黙り込んでしまった少女を見下ろし、
妖は視線を老僕へと転じた。
 
 
「こりゃ、小娘!わしの話を・・・・・・。」
「邪見。」
「は、はいっ!」
「適当な着物を見繕って持って来い。」
「・・・はい?」
 
 
邪見は間の抜けた声で主を見つめた。主は言うだけ言ってそっぽを向いている。
 
 
「あの~・・・殺生丸さま?」
「・・・・・・。」
「その・・・着物というのは、一体誰の?」
「・・・・・・。」
「まさかとは思いますが、この小娘の・・・なんてことは・・・。」
 
 
川をも凍てつかせるような冷ややかな瞳で睨まれて、
哀れな老僕は飛び上がった。
 
「た、ただいま持ってまいりますですっ!」
 
阿吽に飛び乗った邪見があっと言う間に遠ざかっていくのを
りんはぽかんと見送った。
 
 
(じゃけん・・・さま・・・。)
 
それがあの老妖怪の名前か。
 
 
りんは膝を抱えて座り込み、妖を見上げた。
二人きりになっても妖の態度に変化はない。こちらからは彼の端正な横顔が伺えるだけだ。
 
そういえば、この妖の言葉もあまり聞いたことがない。
森で倒れていた時は少しばかり言葉を掛けてくれたが、
昨夜以降に彼の話す言葉を聞いたのは、これが初めてではないだろうか。
 
すごく綺麗な声なのでもっと聞かせてほしいくらいだが、
妖の方にはそんな気は更々ないようで、既に視線も向けてくれない。
先程聞こえたはずのりんの声にも少しも動揺していないようだ。
 
りん自身も、突如戻った自分の声に未だ実感が湧かず、
黙ったままじっと座り込んでいた。
 
 
そのうち少女の注意は再び周囲に向けられていく。
 

どこかで小鳥の鳴く声が聞こえてくる。
先程の兄弟だろうか。仲直りをしたのだろうか。
 
歌うように響き合っている囀りに耳を澄ませていたりんの唇が、知らず知らずのうちに動いた。
 
人里にいた頃も、森から聞こえてくる音―――楽しげで穏やかで幸福な音に合わせて、よく歌ったものだった。
無論、声が出せないので、唇を動かすだけに留まっていたのだが。
 
 
しかし今なら歌えるかもしれない。
声が出るかもしれない。
 
 
りんは目を閉じた。
 
 
「―――――♪」
 
 
音が鳴る。鳴っている。
 
か細くて震えていて不安定だが、確かに鳴っている。
まるで自分の声を初めて聞いたかのような不思議な気分に囚われる。
それと同時に、泣きたいほどの郷愁が小さな胸を圧迫した。
 
紛れもないりんの声だ。
 
微かに震えていた声は、徐々に安定して響き始めた。
でたらめな旋律が喜びを帯びていく。
 
 
歌える。りんの声は戻ったんだ。
 
 
目を開けると妖の金色の瞳と目が合った。
 
りんは満面の笑みでにっこり笑った。
 
声を失ったという状態は理解し切れなかった少女だが、
声を取り戻せたという事実は、何故か骨身に沁みて理解できた。
そして嬉しかった。
 
幸せそうに音を鳴らす少女を見つめていた妖もまた口を開いた。
 
 
「声が出せるのか。」
 
 
りんは笑顔のまま何度も頷いた。
 
 
「・・・これも天生牙の力か・・・。」
「?」
 
 
刹那、妖は顔を逸らして独り言のように呟いた。
そして再びこちらに向き直る。
 
 
「何か話してみろ。」
「!」
 
 
突然思いもかけない要求を受けたりんは慌てた。
 
声は取り戻したが、
急に何か話せと言われても思いつかない。
 
りんは言葉を吸収していく大切な時期に家族を失った。
以来、親しく話しかけてくれる者もおらず、
野良犬にでも投げ付けるような言葉しか与えられなかった。
村人が早口に喋る噂話や、理不尽に浴びせられる怒声は、
りんの中で言葉に成り得ず、ただ耳を滑っていくだけのものだった。
 
そのような状況下でりんが失ったのは声だけではない。言葉―――誰かと話すということ自体が失われていってしまったのだ。
 
 
それ故、りんは突然の要求に咄嗟に反応できず、
もじもじしながら座り直した。
 
妖はそんな少女の気持ちを汲み取ったのか、はたまた痺れを切らしたのか、
要求を変えた。
 
 
「名を言ってみろ。」
「・・・?」
「名は何という?」
 
 
ナ・・・な・・・さっき『じゃけんさま』にも訊かれたことだ。
そうだ、名前だ。
 
 
「・・・りん。」
 
 
小さく紡がれた音は、またもやりん自身を驚かせた。
会話が成立したということが驚きだった。
 
 
もっと何か話したい。
 
 
強くそう思った。
 
また言葉が失われてしまう前に、
今確かに掴みかけた何かを再び取り落としてしまう前に、
もっと声をかけてほしい。
 
りんは中腰になって身を乗り出した。
 
 
「あ・・・せ・・・。」
「何だ。」
「せ、せっしょうまるさま。」
「覚えたのか。」
 
 
妖は無感情に言った。りんはこくこく頷く。
そしてもう一度口を開く。
 
 
「ごめんなさいっ。」
「?」
 
 
脈絡なく謝られた殺生丸も驚いたが、
脈絡なく謝ったりんはもっと仰天した。
 
とにかく思いつく限りの言葉を言ってみようと思い、飛び出してきた言葉をそのまま口にしてみたら「ごめんなさい」だった。
 
声も出せず抵抗もできないりんが、
村人達の暴行を受けた際、
心の中で唱え続けた言葉だったからだ。
 
(ごめんなさい、ぶたないで。ごめんなさい――――。)
 
体を丸めて叫び続けた言葉は
いつしか最も近しい言葉となっていた。
 
 
しかしりんにはそんな理由など分からない。
ただ単に首を捻るばかりだ。
 
殺生丸は狼狽している少女を暫し無言で見下ろしていたが、視線を逸らして、静かに呼びかけた。
 
 
「りん。」
「!」
 
 
りんが顔を上げる。
 
 
「無理に話そうとせずとも良い。」
「は、はい。」
 
 
妖の視線は彼方に向けられていたが、その言葉は確かにりんに向けられている。
 
りんは笑みを浮かべた。
 
あの時もそうだった。
「顔をどうした?」と訊かれ、答えられないでいるりんに、「言いたくなければいい」と言ってくれた。
 
何かをしなければ、応えなければ、という強迫観念に囚われがちな少女にとって、
それがどれだけ嬉しいことだったか、きっと彼はわかっていないだろう。
 
 
「殺生丸さま~~~~~!」
 
 
空の彼方より聞き慣れた叫び声が聞こえ、
使いに出されていた邪見が妖獣と共に舞い戻ってきた。
 
「た、ただいま戻りました!このような着物でいかがでしょう?」
 
取り出された市松模様の鮮やかな柄に、
りんは思わず歓声を上げた。
 
「わぁ、綺麗!」
「ふふん、どうじゃ。この邪見さまの手に掛かれば、これくらいの品を用意するくらい朝飯前・・・・・って、小娘、お前やはり・・・!」
「小娘じゃないよ。りんはりんっていいます。」
「りん?ふむ、なかなか良い名じゃの。・・・ってちがーーーう!」
「煩い。」
 
殺生丸は邪見の手から着物を取り上げ、
りんへと放った。
 

「わっ!」
「・・・・・・。」
「殺生丸さま、これ・・・着てもいいの?」
「好きにしろ。」
「はい!」

 
邪見が口をぽかんと開けているのも構わず、りんは手早く着物を着付けた。
 
新しい着物の肌触りはうっとりするほど滑らかで、
りんは何度も頬ずりをしてはその感触を味わった。
こんな綺麗な着物を着ることはおろか、目にするのも初めてだった。

邪見が調達し、殺生丸が手ずから与えてくれたもの。
 
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
 
胸の奥から湧き上がる温かい気持ちに浸されて、りんは心からの笑顔を浮かべた。
 

 
「殺生丸さま、邪見さま、ありがとう!」
 

 
礼を言われた妖達が、珍しいものを見たように目を瞠っていることも気付かず、
りんは邪気のない笑顔で辺りを飛び跳ねていた。
 
暗闇へ封印されていた声で、唄を紡ぎながら。
 

これから少女はあらゆる言葉を吸収して、失ったものを取り戻していくだろう。
興を引かれたもの、感動したものを、声に乗せて伝えようとするだろう。
無駄な言を持たぬ妖は、時にそのお喋りを煩がりながらも、少女の言葉に耳を澄ませてやるだろう。
 
 
陽だまりのように温かい、優しい言の葉を。






























「言の葉」とか「言霊」という響きが好きです。


読んで下さった方、ありがとうございます。

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