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初文

殺りん手紙話。
タイトルは「はつふみ」と読みます^^

時期としてはりんが人里に預けられて半年くらい。
8歳くらいのイメージです。

よろしければつづきから是非~^^









































初文







りんが人里に預けられてから学んだことは数多くある。

その中の一つが“文字”だった。


 

私がご指導仕りましょうと愛想良く申し出てくれた法師は、

どうせろくな漢字を教えやしないだろ、という愛妻からの一言で一刀両断され

結局りんの教育にあたってくれたのは預け親でもある老巫女だった。

 

野育ちだったりんは当然無学だが頭の回転は速い。いろは歌から始め、少しずつではあるが着実に平仮名を習得していった。


 

それを知った妖は、ある日上質の紙と筆をりんに贈ってくれた。


 

「綺麗・・・。」


 

初めて紙を見たりんは目を丸くして独特の光沢ある白色に見入った。


それまで土の上で何度も文字をさらっていたりんにとって紙は縁なき物であり、

この耽美な芸術品の上に墨で文字を書くなど思いもよらないことだった。


 

「殺生丸さま、これは?」

「斐紙だ。」

「ひし?」

「しばなわのきの繊維より作られた高級な紙じゃ。この紙は時日を経るにつれ良質になると言われておる。良いか、お前の手習いに用いるにはもったいない程の・・・ぐぇっ!」


 

訥々と語り出した邪見を踏みつけて黙らせた殺生丸は、

まだ驚きから冷めないでいるりんに向き直った。

 

りんは心なしか困惑したような表情で手元の紙を見つめている。


 

「不要ならば捨てろ。」


 

素っ気無く言い放つ妖に、りんはぶんぶん首を振る。


 

「殺生丸さま、ありがとう。でもあんまり綺麗で珍しいから、使っちゃうのもったいないなって・・・。まだまだ分からない字も多いし、上手に書けないし・・・“ひし”がかわいそう。」


 

使う前から落ち込んでいるりんに、

何を馬鹿なことを、と呆れた思いで視線を向ける。


 

「必要なだけ使えば良い。また持ってきてやる。」

「うん・・・。」


 

妖の言葉を聞いてもまだ何事か考え込んでいたりんだが、

やがてぱっと顔を上げた。


 

「わかった!字を覚えたら、この“ひし”で殺生丸さまにお手紙書くね!」

「・・・手紙?」

「きっとその方が“ひし”も喜ぶと思うんだ。りん、いっぱい練習するから。そしたら殺生丸さま、りんのお手紙読んでね。」


 

約束だよ、と屈託なく笑うりん。

殺生丸はしばしりんの笑顔を見つめていたが、好きにしろ、と言って視線を逸らした。

 




 

大好きな妖に手紙を書くという目標ができたりんは、

老巫女の手伝いをする傍ら、時間の許す限り文字の習得に打ち込んだ。


 

初めて地面に「せつしようまるさま・りん」という文字を並べて書いた日は一日中にこにこ幸せそうな笑みを浮かべ、

だが翌日降り出した雨にその文字を流されてしまった際はさすがに泣きじゃくり、

楓や珊瑚に慰められてようやく気持ちを落ち着けた。


 

またある時はお手本にするから文字を書いてほしいと妖にねだり、

次の来訪時に彼の端麗な書を貰って大喜びで飛び跳ねた。

 

妖が書いてくれた文字はたった二文字だったが、流れるような美しい筆さばきで書かれている「りん」という文字を見る度に少女の心が温かく満たされた。


 

時には珊瑚や弥勒、ごく稀ではあるが犬夜叉からも手ほどきを受け、

りんは地面に文字を書き続けた。

 

地面の上で一通りの平仮名をマスターした後は

弥勒が分けてくれた紙の上で書道の訓練もした。

 

筆で紙に文字を書く行為は小枝で地面に書くそれよりずっと難しく、

墨汁が滲んでしまったり紙に皺がよってしまったり、力加減にも気を配らなければならなかった。

また、全体のバランスを考えて書き出さねば途中で紙のスペースが足りなくなったり余り過ぎてしまうという問題があることも学んだ。


 

「一筆一筆に心を込めなさい。」


 

落ち込むりんに弥勒が優しく諭してくれた。


 

「書き出す前は頭で様々なことを考える。それはとても大事なことだ。だが筆を引いている最中は無心になる。自分が思い描いた文字をしっかりと捉え、真剣に、心を込め、尚且つ無心でなくてはならないのです。」


 

矛盾した心得に混乱しているりんを他所に、弥勒はゆったりとした動作で筆を走らせる。

すると見事な文字がそこには書き上がっていた。







 

「文字を書くって難しいんだね。」


 

着物を携えてやって来た妖に

墨汁で汚れた手を翳しながら照れ笑いすると、殺生丸は一言「下らん」と言い放った。


 

「下らなくないもん。りん、真剣だもん。」


 

りんは珍しく口を尖らせて反発した。


 

「そりゃまだ全然下手っぴだし、手もこんなに汚しちゃうし、まだお手紙書けそうもないけど・・・。」

「お前のことを言ったのではない。」

「?」

「法師の語った書の心得とやらを下らんと言った。」

「でも・・・弥勒さまの字はお上手だよ?」

「・・・ふん。」


 

殺生丸は面白くなさそうに顔を背けた。


 

「りん、お前は書を大袈裟に捉え過ぎだ。」

「え?」

「書きたいものを書きたいように書けば良い。」

「そうかな・・・。」

「お前はそれで良い。」


 

りんの素直な心のままに、伸び伸びとした心のままに、書けばいい。

 

その思いを伝えようとするかのように、妖は指を伸ばし少女の頬に触れる。

妖の気持ちを何とはなしに汲み取ったりんは

嬉しそうに笑顔で頷いたのだった。

 

 

 

そして今、りんは斐紙と筆と墨汁で満たされた硯を前に、

きちんといずまいを正して座っている。

背筋をぴんと伸ばし表情は真剣そのもの。


 

まさに今日、斐紙を用いて殺生丸に手紙を書こうというわけだ。

 

書く内容はもう決めてある。

りんはいよいよ筆を取った。

平生はあどけない笑顔を絶やさぬ少女の顔が引き締まる。


 

―――殺生丸さまに言われた通り、書きたいものを書きたいように書く。


 

りんは心を込め、一字一字を書き出していった。

 

 











 

数日後。


村を訪ねた殺生丸はりんから手紙を受け取った。

手紙と言っても数枚の斐紙を重ねて折っただけのものであり、「何の紙屑じゃ?」と邪見が訝しんだ程だった。・・・その邪見は直後に主の蹴りをくらって空の彼方へ飛ばされたのだが。

 

やや緊張した面持ちで神妙に差し出しているりんの手から斐紙を取り上げ開く。


 

「せつしようまるさま

 いつまでも

 たくさん

 だいすきです

 りん」


 

紙面いっぱいに並んだ不恰好な文字。

粋もひねりもないたどたどしい文章。

 

しかし、それを読んだ妖の金色の瞳が一瞬深みを増し、

口元には常とは異なる気配が漂った。


 

(殺生丸さま、今・・・・・・?)


 

驚いて目を凝らした瞬間、不意に妖に抱き上げられた。


 

「わっ!」


 

慌てて殺生丸の首に手を回しバランスをとる。


 

「殺生丸さま、どこ行くの?」


 

りんを抱き上げたまま無言で歩き出す妖に尋ねると、一言「泉だ」と告げられた。


 

「泉?どうして?」

「・・・手を洗え。」


 

りんは首を捻る。


 

「確かに手には墨の汚れが残ってるけど、一日二日で落ちる汚れじゃないって楓さまが言ってたよ。自然に消えていくに任せればいいんだって。それにわざわざ泉まで行かなくても、村に戻れば井戸だってあるのに。」

「・・・・・・。」


 

りんの疑問を悉く黙殺し、殺生丸は歩み続ける。

 

紙から漂うりんの匂いと気配から、少女が何枚も書き直したのであろうことは容易く察せられた。

「りん」の文字は明らかに己が与えた書を手本にして書いたのだと一目でわかる。

小さな手で慣れない筆を握り、唇を一文字に結んで斐紙に向かう少女の姿が脳裏に浮かんだ。


 

書きたいものを、書きたいように、心を込めて。


 

少女からの真心は、冷めた妖の心にも真っ直ぐに届いた。

 

何と言われようとこのままりんを下ろすつもりはない。

抱き上げる手に力を込めると、妖から答えを引き出すことを諦めた少女が

おとなしく右肩の妖毛に頬を摺り寄せてきた。


 

「殺生丸さま。」

「何だ。」

「手紙、受け取ってくれますか?」

「・・・・・・。」


 

無言。

だが、妖の無言は肯定の証だ。

りんの顔に微笑みが浮かぶ。


 

「殺生丸さま。」

「今度は何だ。」

「さっき、りんの手紙読んだ時・・・・・・笑ってた?」

「・・・・・・。」


 

無言。


 

りんはより一層妖に頬を摺り寄せ、を立てずにこっそり笑った。


























 



殺りんラブレター話でしたw

兄上がりんを抱えて泉へ向かったのは、
一言で言うと「もっとりんと二人きりでいたかった」のが理由です。(笑
ラブレター貰って嬉しかったんです、彼。

紙については一応調べたんですが、間違っていたらすみません・・・。
「しばなわのき」は「雁皮」のことです。地域によって呼び方が色々あるみたいですが、一番それっぽい響きを使わせてもらいました。

踏み潰されたり蹴り飛ばされる邪見はお約束ということでwww


読んで下さった方、ありがとうございます。

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