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有明の月 宵の雲(1)
殺りんでつづきもの。

少し異色な話かもしれませんが、
りんが必ず直面するだろう時について書いてみました。

全3話です。

よろしければつづきから是非~^^




































村を訪ねた妖の目に映ったものは、
村外れの大木の下でうずくまり、静かに涙を流すりんの姿だった。










 
有明の月 宵の雲










 
りんには仲の良い少年がいた。
 
少年はりんより三つ年上だった。
村になかなか馴染めずにいたりんに気さくに声を掛け、
遊び仲間に入れてくれたり秘密基地に連れ出したり、
何かと心を砕いてくれた。
 
彼がいたからりんはすんなり同じ年頃の子ども達の中に混じっていけた。
もし彼がいなかったら、りんが村に完全に馴染むのはもっとずっと後のことになっていたに違いない。
 
彼はりんに村の暮らしを等身大で色々と教えてくれた。
そしてりんも旅の途中で身に着けた様々な知識(毒キノコの見分け方など)を少年に教え、二人は常に刺激し合う関係だった。
 
 
嬉しい時には手を取り合って喜んでくれた。
悲しい時には肩車をして慰めてくれた。

 
りんにとって、その少年は亡くなった兄を思い起こさせる頼もしい存在であり、
他の子ども達とは少しだけ異なる、特別で大切な存在だった。
 



 
その日、りんが楓の手伝いを終えた頃
少年が訪ねてきた。
 
「りん、ちょっとだけ時間あるかい?」
「うん。」
「散歩に行かないか?」
「行く!いいお天気だもんね。」
 
りんはにっこり笑って頷いた。
日が暮れる前に戻りますと楓に告げ、りんと少年は表へ出た。

 
天気は晴れ、空気も穏やかに澄み切っている。
りんは上機嫌でいつものようにあれこれお喋りを始め、少年も楽しそうに相槌を打ってくれた。
 
「でね、楓さまに褒めてもらっちゃった。」
「そっか、頑張ったね。良かったな。」
「うん!えへへ。」
「ところでさ、りん。」
「ん?」
「その着物よく似合ってるね。」
「ほんと!?」
 
りんの顔がぱっと上気した。
 
「嬉しい!これ、殺生丸さまに貰った着物なの。」
「・・・そう・・・か。やっぱり・・・。」
「どうしたの?」
 
 
少しだけ翳ってしまった少年の顔を覗き込むと、彼はすぐに笑顔に戻った。

 
「りんは“殺生丸さま”が大好きだな。」
「うん!だってとっても優しくて、強くて、綺麗で、立派で・・・。」
「はいはい、もう何百回も聞かされてるから。」
「だって本当のことなんだもん。・・・あれ?」
 
りんはふと周囲を見回し足を止めた。
いつの間にか、茂みが祠のような空間を作り出している場所に来ていた。
 
「ここ・・・。」
「気付いた?俺たちの秘密基地。」
「うわぁ、懐かしいなぁ。」
「今こうして見ると随分小さいなぁ。」
「本当。一人で潜り込むのが精一杯だね。」
 
まだ幼かった頃は二人で潜り込んでも余裕があったのに。

 
懐かしく思い出に浸っていると、
少年がりんを呼んだ。
 
「りん。」
「はい?」
 
振り返ると、思いがけず真剣な瞳が間近にあった。
驚いて一歩後ずさるりんの両手を少年が掴んだ。

 
「りん、俺、村を出るんだ。」
「え・・・?」
「俺が下駄職人の見習いなのは知ってるよな?」
「う、うん。もちろん。」
「先の月に来た商人に俺の腕を買われたんだ。もっと大きな村へ行って、そこで修行することになった。」
「いつ・・・行ってしまうの?」
「遅くとも一月後には。」
「そう・・・なんだ・・・。」

 
何故か泣きそうになってりんは俯いた。
 
心の臓の奥が捩れるように痛む。

 
(何だろう・・・?この痛み・・・。)

 
この村では、村を出て行く子どもは決して少なくない。
嫁いだり、旅に出たり、修行に出たり、もちろん良い意味で出て行く子ども達だけではないが・・・。
 
とにかく、りんも今までそれなりの別れは経験してきた。
 
その都度胸に開いた穴に風が吹き抜けていくように寂しく感じたものだが、
こんな風に痛みを伴う感情は初めてだった。

 
(駄目だよ、りん。おめでたい事なんだから喜んであげなくちゃ。)
 
必死に自分に言い聞かせ、
無理に笑顔を作って顔を上げる。
 
「良かったね。」
「・・・・・・。」
 
少年も悲しそうにりんを見つめる。
 
「本心からそう思ってくれてる?」
「う、うん・・・。」
「多分、もう二度とこの村には戻ってこないよ?」
「・・・わかってる・・・。」
 
しかし改めて言われると涙が溢れそうになり、
慌てて顔を背けた。

 
少年はそんなりんをしばし見つめていたが、意を決したように腕を引いた。
 
不意を突かれたりんが状況を把握する間もなく、
我に返った時には既に少年の腕の中にいた。

 
「・・・っ!」

 
驚いて反射的に身を引こうとしたが、少年の腕はしっかりとりんを捕えていた。
 
りんは混乱して声すら出せなかったが、
頭の片隅で(殺生丸さま以外の人にこんな風にされたの初めてだ・・・)と呟く自分がいた。

 
「りん。」
「あ、あの・・・・・・。」
「りん、俺についてきてくれないか。」
「え・・・?」
「あの妖みたいに綺麗な着物もあげられないし、苦労させるかもしれないけど、俺、一生りんのこと大切にするから。」
「そ、それって・・・。」
「ずっと夢だったんだ。りんと祝言を挙げて・・・所帯を持つこと。」


 
祝言・・・所帯・・・。


 
りんの心の中をそれらの言葉が滑り落ちていく。
 
もちろん意味は知っている。
共に生きることを誓い合い、夫婦になるということ。
村暮らしの中で祝言を挙げ所帯を持った幸せそうな夫婦を何組も見てきている。
 
しかしどう考えても自分の身の上に起こる事としては捉えられない。
 
「り、りんはまだ子どもだよ・・・。」
 
混乱したりんの掠れ声に、少年は小さく笑った。
 
「もう14だろ?」
「でも・・・。」
「りんは俺と一緒に生きていくのは・・・嫌か?」
「そ、そんな事ない・・・けど・・・。」
 
気心の知れた優しい少年。
彼と共に生きることが嫌な訳がない。
その人生がりんにとって不幸なものであるはずがない。
 
だが、脳裏に浮かぶ面影がある。

 
「・・・殺生丸さまが・・・。」

 
無意識のうちに唇から漏れた名前。
 
少年の顔が昏くなる。
 
「りんが“殺生丸さま”を慕ってることもわかってる。」
 
少年は緩々と体を離したが、まだしっかりとりんの両肩を掴んでいる。
真剣な眼差しで覗き込まれ、りんの頬が火照った。
 
「でも・・・やっぱり妖と人じゃ違い過ぎるだろう。俺とりんだったら、温かい家庭をきっと築いていけるよ。」

 
妖と人は違う。

 
そんなことは言われるまでもなく嫌と言うほど身に沁みて分かっていたし、
紛れもない真実なのだが、それでもやはり心が沈む。
 
黙り込んだりんの肩を掴む手に力を込め、少年は呟いた。
 
「りんは・・・あいつが好きなのか?」
「それはもちろん・・・。」
「そういう意味じゃないよ。」
 
言い掛けたりんを遮って少年は首を横に振った。
 
 
「殺生丸という“妖”を好きなのかを訊いてるんじゃないよ。殺生丸という“男”を好きなのかどうか訊いてるんだ。」

 
りんは目を見開いた。

 
殺生丸さまが大好きだという気持ちは、りんの中で絶対不可侵の真実で。
ずっと一緒にいたくて、側にいたくて、村に置いていかれた日は人生で一番悲しくて。
でも、それって-----------。

 
「・・・男・・・?」
 
 
呆然と繰り返すりん。
少年は苦笑した。
 
「まさか知らないわけじゃないだろ?“殺生丸さま”は“男”だよ。」
「・・・・・・。」
「そして、俺も。」
「!」
 
目を上げた先には兄の如く慕った大切な人がいる。
だが、その人物はりんが慣れ親しんだ少年ではない。彼は一個の独立した人間であり、その面差しはもはや「青年」と称すべきものだった。
 
 
「俺はりんを“女”として見てるし、“女”として好きだよ。」
「・・・りんは・・・。」
「十日後に返事を聞きにくる。それまで、俺の言ったことをしっかり考えてみてくれないか。」

 
青年はりんの髪を撫でた。
 
愛おしさを込めた優しい眼差しが
まるで知らない人物のそれのようで、
りんは思わず瞳を伏せた。

































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