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境界に立つ少女

初・琥珀語り。

旅の途中のお話です。

よろしければ是非~^^

 













































境界に立つ少女






 
 
どうも、琥珀です。
 
時候の挨拶もせずにいきなり申し訳ないんですけど、
俺、今めっちゃ見られてます。
 
 
「琥珀ー!」
「う、うん・・・。」
「見て見て!花冠作ったの。」
「上手だね、りん。」
「えへへ。これ、琥珀にあげるね。」
「あ、ありがとう・・・。」
 
 
・・・・・・りん、そんな無邪気に笑いかけないでくれないか。俺めっちゃ見られてるから。
誰とは言わないけど、銀色の髪に金色の目をした犬の妖怪のあの人に、さっきからすごく見られてるんだ・・・。
 
正確に言えば、彼は俺たちに背中を向けて立っている。
実際に視線を当てられているわけじゃない。
それなのに、なんでこの「見られてる」感が拭えないんだろう・・・。
 
 
「琥珀、なんか元気ないね。」
 
りんが心配そうに俺を覗き込む。
 
「そんなことないよ。」
「ほんと?お熱測ってあげようか?」
「え。」
「あのね、おでこをこっつんこすれば熱があるかどうかわかるんだって。」
 
そんな真似したら俺は確実に殺される。四魂のかけらごと粉砕されるに違いない。
 
「お、俺は全然平気だから、次は何して遊ぼうか。」
 
内心冷や汗で笑いかけると、りんの頬がぱっと上気した。
 
「この前の遊び!」
「ああ、『目隠し鬼』だね。」
「うん!琥珀が鬼だよー。」
「はいはい。」
「邪見さまもやろー。」
「なんでじゃっ!」
 
りんに捕まった邪見さまがジタバタしながら抵抗する光景を見て、俺は思わず笑ってしまった。
小さな二人組がじゃれ合う様子は、
やはりどうしても頬が緩んでしまう。




 
 
 
りんと遊ぶのは、純粋に楽しい。
 
妹がいたらきっとこんな感じなんだろうな、と思う。
退治屋の里にいた頃は同じ年頃の子も少なくて、それぞれ修行に明け暮れる毎日だったから、こんな風に鬼ごっこに興じるなんて数えるほどだった。
 
 
「鬼さん、こちら~。」

 
りんの明るい笑い声が空に弾ける。
その声を導に、俺はりんの気配を追いかける。
 
 
「りん、あまり遠くへ逃げるでない!」
 
時々混じる邪見さまのお小言。
 
「そっちの方には岩場がある!すっ転んで頭を打ってからでは遅いのだ!逃げるならこっちに逃げろ!」
「もう、邪見さまってばガミガミしてて鬼みたい。」
「誰が鬼だっ。わしは妖怪じゃ!」
「殺生丸さまー。殺生丸さまは目隠しされても、匂いでりんのいる場所わかっちゃう?」
「こ、こら!気安く殺生丸さまに飛びつくでないっ!」
「・・・・・・邪見さま、捕まえた。」
「あ。」
 
お取り込み中申し訳ないけど、
邪見さまが居場所丸出しで大声を出すから呆気なく捕まえてしまった。
 
りんが手を叩いて歓声を上げた。
 
「次は邪見さまが鬼だよー。」
「ひ、卑怯だぞ、琥珀!」
「どこがですか?」
「・・・・・・。」
 
にっこり笑って手拭いを差し出す。
邪見さまはしぶしぶ受け取り、鬼役を交代してくれた。
 
 
座り込んで瞑想している主と、
その周りで甲高い声を上げて走り回る三人。

 
変な話だけど、奈落を倒す旅の途中なんだけど、
俺にとってすごく満たされた救いの時間なんだ。

姉上のこと、桔梗さまのこと、奈落のこと、自分が犯した罪のこと・・・。

その現実を忘れてしまっているわけじゃないけど、
りんの明るい声を聞きながら全力で遊ぶことはすごく楽しいし、嬉しいんだ。

 
・・・この幸福な時間は、一体いつまで許されているのだろう。




 
 
「は~、くたくた。」
 
あれから数刻。
遊び疲れたりんが笑いながら座り込んだ。
 
「目隠し鬼、かくれんぼ、影踏み・・・たくさん遊んだね。」
 
邪見さまは後ろで疲れきって死んでるけど、りんはにこにこしてとても満足そうだ。
 
「琥珀がたくさん遊んでくれるから嬉しいな。かくれんぼも影踏みもりんの憧れの遊びだったんだよ。」
「憧れって・・・大袈裟だなぁ。」
 
俺もつられて笑う。
 
「誰だって経験があるような遊びばっかじゃないか。」
「そうなの?」
「そうだよ。りんはかくれんぼも影踏みもしたことなかったの?」
「うん。いつも見てただけ。」
「・・・え?」
 
笑いが引っ込んだ。
だけどりんは相変わらずにこにこしている。
 
「家族がいた頃は兄ちゃん達と遊んでたけど、皆がいなくなっちゃってからは、誰もりんと遊んでくれなかったんだ。でも、かくれんぼも影踏みも、遊び方は知ってたよ。村の子ども達が遊んでるのを見てたから。」
「一緒に・・・遊ばなかったの?」
「親なしは仲間に入れないって言われちゃった。」
「・・・・・・。」
 
 
人里の夕暮れに、伸びる影。
笑いながら追って追われて、走り回る子ども達を、遠くでぽつんと眺めるりんの姿が目に浮かんだ。

やがて子ども達は、それぞれの両親に呼ばれて家へ帰ってゆく。
温かい夕餉の匂いが漂う人里の夕刻、誰もいなくなったその場所で、「鬼さんこちら」と呟きながら一人遊ぶりんがきっといたに違いない。

 
俺たちの前では常に明るい笑顔のりんだけど、
その時は一体どんな顔で遊んでいたのだろう。

 
不意に胸が締め付けられて、俺はりんの方を振り返った。
 
「りん、俺で良ければ・・・。」
 
いつでも遊び相手になるよ、と言いかけた言葉が止まる。
いつの間にか、りんは俺の肩に凭れるようにして眠っていた。

それまでの哀愁を吹っ飛ばす勢いで冷や汗が流れ始める。

 
まずい。まずいまずいまずい。

この役割は今までずっと殺生丸さまの専売特許だったのに。
今度こそ視線で殺されるかもしれない。
ああでも無邪気に寝ているりんを揺り起こすなんてできない・・・。
 
 
(・・・ん?)
 
心の中で姉上に別れを告げかけていた俺だったけど、やがて気付いた。
 
殺生丸さまは俺たちに視線を向けているけれど、
その瞳は意外なほど静かだった。
普段のように冷然としているわけではないけど、決して穏和でもない瞳。
さざ波のない泉のように、何も語っていない瞳で、彼はりんを見つめていた。

 
「・・・・・・。」

 
どれだけの時が過ぎたのか、或いは一瞬だったのかもしれないけど。
 
均衡を破るようにして殺生丸さまが視線を外した。
そのままゆっくりと背を向け、空を見上げる。
 
「邪見。」
「はっ。」
「今宵はここを動くな。」
「心得ております。」
 
それだけ言うと、一陣の風を起こして彼の姿は消えていた。
 
酸素がやっと体に巡ったような気分になり、思わず息が漏れた。
隣ではりんがすやすや寝息を立てている。
 
「ったく、りんの奴は相変わらずじゃの。」
 
邪見さまはぶつぶつ言いながら火に薪をくべる。
 
「琥珀、りんを阿吽に凭れ掛けさせろ。・・・起こすなよ。」
「あの・・・殺生丸さまは?」
「さぁのう。まぁ明朝には戻ってこられると思うが。」
「・・・・・・。」
 
りんの体を阿吽に預けながら、さっきの殺生丸さまの瞳が脳裏にちらつく。
あんな表情を見たのは初めてだ。
 
「・・・・・・邪見さま。」
「ふわっ。んぁ?」
 
大欠伸をしていた邪見さまが、眠そうにこっちを見た。
 
「あの・・・・・・。」
「何じゃ。」
「変なこと訊くんですけど。」
「は?」
「殺生丸さまは、俺がこの一行にいることをどう思っているんでしょうか?」
 
俺の質問は想定外だったようだ。邪見さまがきょとんとして欠伸を引っ込めた。
 
「・・・何じゃと?」
「殺生丸さまは人間がお嫌いなんですよね?でもりんは大事なんですよね?じゃあ、人間の俺がりんの側にいることをどう思っているんでしょうか。」
「・・・むむ。」
 
邪見さまは難しい顔をして黙り込んでしまった。
気難しくて気まぐれな主の思考回路は、
長年仕えている邪見さまにも読み切れるものではないのだろう。

 
邪見さまは少しの間、りんの寝顔を眺めながら何事か考えていた。
そして、口を開いた。いつもはぺらぺらと淀みなく喋る邪見さまには珍しく、言葉を一つ一つ検分しているかのように、ゆっくりと慎重な口ぶりだった。
 
「殺生丸さまがどう思っておられるかは別として、な。」
「はい。」
「わしは・・・・・・わし個人としては、お前がりんの側にいるのは・・・正しいことだと思っておる。」
「正しいこと?」

 
パチパチ・・・と、
木の爆ぜる音だけが聞こえてくる。

 
「りんの境涯は多少なりとも知っておろう?りんは人里に在りし頃から、既に人間との接触が非常に薄かった。」
「はい。」
「わしらと旅路を歩むようになって、りんはあっと言う間に殺生丸さまやわしに馴染んだ。その二つが相まって、何と言うか・・・・・・りんは、人間としての領域から非常に遠い位置に立っておるのだ。」
「・・・どういうことですか?」
「お前は感じ取れんか?りんの持つ空気―――“人”と“妖”の境界線に立っているような、その感じを。」
 
いくらわしでも、その程度のことなら感じ取れるのだ、と邪見さまは呟いた。
 
「わしはそれを当然のことだと思っておった。りんは殺生丸さまが拾った命だ、故に『こちら側』に引き入れたとて、何の差し障りもないと。」
 
恐らく殺生丸さまもそうであっただろう。
 
「しかし、お前が加わって、りんは急速に人間の領域に近付きつつある。お前という人間を慕うことで、人間の領域を取り戻しつつあるのじゃ。」
 
邪見さまは、りんの寝顔に視線を当てた。
その眼差しはどこか、先程の殺生丸さまの表情に通じるものがあった。
 
「そんなりんを見て、わしは思った。やはり、りんを『こちら側』に引き入れてしまうことは間違いなのではないか、とな。りんは人間としての己を知るべきなのではないかと、そんなことを考えるようになった。」
「・・・・・・。」

 
それは、殺生丸さまにとって望ましいりんの在り方なんだろうか。
りんが「人間」になることは、つまり――――。

 
俺が自分の思考に沈みそうになった時、
邪見さまがびっくりすることを言った。
 
「それに、これはお前にも言えることじゃぞ、琥珀。」
「え?」
 
俺は驚いて目を上げた。
 
「お、俺もですか?」
「そうじゃ。お前もかなり境界線に近かったな。まぁ姉を想う気持ちがある分、りんよりは人間の領域を保っていたが。」
「そ、そうだったんですか?」
 
領域とか境界とか、想像を絶する話ではあるけれど・・・。
それでも、りんに関しては少しだけわかるような気もする。

りんの持つ独特で不思議な空気―――まさに“人間離れ”とでも表現できるだろうその空気は、
確かに境界線と呼べるものなのかもしれない。
 
 
邪見さまがまた一つ薪を焚き火に放り込んだ。
 
「りんにとってはお前という人間がいることで、お前にとってはりんという人間がいることで、お互いに人間としての領域を取り戻しつつある。」
 
踊るように燃える火が、邪見さまの静かな横顔に陰影を描く。
 
「それはきっと正しいことなのじゃ。」
「・・・・・・。」
 
俺の視線はりんを無意識に追っていた。
少女は幸せそうな寝息を立てて阿吽に凭れ掛かっている。
 
 
「邪見さま、最初の質問に戻ってしまうんですけど。」
「何じゃ。」
「殺生丸さまはそのことをどう思っておられるんでしょうか。」
「む?」
「だってりんが人間の領域に近付いていると言うなら、つまり妖怪である殺生丸さま達からはどんどん離れて・・・。」
「お前もよくよくわからん奴だな。」
 
俺の言葉を遮って、邪見さまは呆れたように大欠伸をした。
 
「まず第一に、殺生丸さまがどう思われているかは別にすると言ったはずじゃ。」
「でも・・・。」
「第二に、りんが人間として生きることが、殺生丸さまやわしと離別することに繋がるわけではない。」
 
りんを見ていればわかるじゃろ、と邪見さまは呟いた。
 
「あれだけ殺生丸さまに纏わり付いてる小娘が、そう簡単にわしらと離れられると思うか?」
「ないですね。」
 
思わず即答してしまった。
そうじゃろ、と邪見さまは頷く。心なしか満足そうだ。
 
「だからわしは心配しておらん。りんがわしらと訣別する時は、りんがそれを望み、殺生丸さまが認めた時だけじゃ。」
 
だから、ま、つまりあり得ないということじゃな。
 
邪見さまは再び大欠伸をしながら話を結んだ。
 
「もう良いな?わしもそろそろ寝るぞ。」
「はい。」
 
大きな瞳を伏せた邪見さまは、あっと言う間に寝息を立て始めた。
 
「・・・・・・。」
 
取り残された俺は、焚き火を灰で囲みつつ、邪見さまの言葉を繰り返さずにはいられなかった。

 
りんが人間になることは、殺生丸さま達との別れを意味するわけではない・・・か。
そうなのかもしれない。
でも、そんなに簡単に言い切れるものなのだろうか、と思う自分もいる。

 
(邪見さま、一つ忘れてますよ。)
 
りんはやがて成長する。ずっとこのままではいられない。
人間の心は、妖怪が思っているよりずっとずっと複雑なものなんですよ。

 
「琥珀。」
「うわっ!」
 
眠ったと思っていた邪見さまから不意に声を掛けられ、心臓が飛び出そうになった。
 
「じゃ、邪見さま・・・眠ったんじゃなかったんですか?」
「眠っておったわ!一つ言い忘れたことがあったから起きただけじゃ。」
「器用ですね・・・。何ですか?」
 
邪見さまはごろりと仰向けになり、夜空を見つめた。
 
「今の話でわかったと思うが、お前はりんに影響を及ぼす貴重な人間じゃ。」
「はぁ・・・。」
「しかしお前はどんな手段を用いても奈落を倒したいのだろう?」
「もちろんです。」
「自分の命を犠牲にしてもか?」
「・・・・・・。」
 
俺は答えなかった。
 
自分の命を犠牲にするなんて、そんな殊勝な表現は間違ってると思うから。

だって俺は既に死んでいる。
この忌まわしい四魂のかけらによって生きながらえているだけだ。
だから、俺がもし奈落と刺し違えることがあっても、それは本来あるべき状態に戻るだけだと思っているから。

 
「はぁ~・・・。」

 出し抜けに、邪見さまがわざとらしくため息を吐いた。
どうやら俺の考えは全部顔に出ていたらしい。
 
「琥珀。」
「はい。」
「人間の小童の命など、わしにとってはどうでも良い。どうでも良いが、りんにとっては親しい者の命なのだ。」
「・・・はい。」
「だからなるべく死ぬでないぞ。」
「え?」
「りんが悲しむ。」
 
思いがけない言葉にびっくりしている間に、邪見さまはまた寝入ってしまったようだ。

二人の寝息が聞こえる中に、再び俺だけが取り残された。

 
「・・・ありがとうございます・・・。」

 
何だか泣きたくなってしまった俺は、
慌てて焚き火に手を翳して深呼吸をした。
 
りんも俺も、邪見さまの目にはそんな風に映っていたのか・・・。
 
“殺生丸さまは、俺がこの一行にいることをどう思っているのでしょうか?”
あんなことを訊いてしまったのも、俺の立ち位置がこの一行の中であまりに不透明だったからに過ぎない。
人間を嫌う妖達にとって俺の存在は何なのだろう。余計者と蔑まれているのか、気にも留められていないのか。
俺はきっとそれを知りたかったんだ。自分の居場所を確かめたかったんだ。
 
だけど邪見さまは言ってくれた。
俺がりんの側にいることは正しい・・・りんにとって貴重な存在なのだから、死ぬなと。
 
 
正直、涙が滲むくらい嬉しかった。
俺の存在はこの一行の中で許されている―――そう思うことができて。

 
夜空を仰ぐと、冷たく光る上弦の月と目が合った。
その冷酷なまでに完璧な美が、銀の妖の面差しにそっくりだと思った。
 
「・・・・・・。」

 
殺生丸さまと、りんと、邪見さまと、俺と、阿吽と。
明日にでも崩れてしまうかもしれない脆くて幸福な関係は、一体いつまで許されているんだろう。

 
“今宵はここを動くな”

 
妖の言葉と後ろ姿が蘇った。
 
目を閉じて彼の心に思いを馳せてみる。無論、推し量れるはずもないけれど。
 
殺生丸さまも、もしかしたら今頃この月を見上げているのかもしれない。
誰にも悟らせない胸の内を、金の瞳に映して。




















殺りん話と言うよりは「琥珀と邪見の友情(?)物語」ですね(笑

ラブ度は低いですが、
私の中では殺りんの底辺になる話といった感じです。

琥珀主体で書けて楽しかったです。

読んで下さった方、ありがとうございます。

目次(犬夜叉SS)へ

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