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慟哭 1

殺りんで続き物の話。
全5話の予定でしたが・・・もう少し長引くかもしれません。

りんちゃん14歳くらい。人里編です。

よろしければつづきから是非~^^


 







































高い位置から見下ろしてくる凍った瞳。
そこに浮かぶ感情はりんのよく知るものだ。いや、よく知っていたものだ。
 
侮蔑、嫌悪、嘲笑――――。
 
それらの感情を滲ませた瞳がりんを見下ろし、
口を歪めて問いかけてきた。
 
「ねぇ、どうしてあなた人間なの?」










 



 
 慟 哭    1













 
晩夏の夜半、りんははっとして目を覚ました。
真っ先に目に飛び込んできた粗末な梁を認識すると、
訳の分からぬ焦燥に駆られて思わず跳ね起きる。
 
胸の内が騒ぐ。行かなきゃ、帰らなきゃという言葉が騒ぐ。
 
立ち上がろうと夜着を払い除けたところで、
静かな声に問いかけられた。
 
「りん、どうした?」
「あ・・・。」
 
声のした方に首を巡らせると、
隣で眠っていた老巫女が半身を起こし、りんを案じるように見つめていた。
刹那、きょとんと瞬きをしたりんは、ようやく自分の状況を正確に把握した。
 
ここは楓の家。
りんが現在暮らしている、質素だが居心地のいい大切な家だ。
 
そして、先程まで繰り広げられていた嫌な光景は――――。
 
「悪夢でも見ていたか?」

 
楓に問われ、りんはこくりと頷いた。
 
夢だとわかり安堵する一方、物音に聡く眠りの浅い老巫女を起こしてしまい申し訳ないという思いが交錯する。
りんは首を縮めた。
 
「ごめんなさい、楓さま・・・。」
「謝ることはない。」
 
ゆっくりと首を振る楓は、りんから言い出さない限り決して悪夢の“内容”までは尋ねてこない。
その気遣いをわかっているりんは、悪夢の内容を反芻しつつ、少しずつ言葉を紡いだ。
 
「・・・昔の、夢を見ました。」
「それは人里にいた頃のことか?」
「いいえ、殺生丸さま達と旅をしていた頃の夢です。」
 
妖達と旅路を歩んでいた頃、
りんは「音獄鬼」という鬼に攫われたことがある。
独特な音色を奏で子どもを攫い、他の妖怪に売り飛ばす鬼・・・ということだった。無論、後から邪見に聞かされた知識だが。
 
しかし、問題は音獄鬼ではない。
閉じ込められた洞穴には見知らぬ子ども達が大勢いた。皆一様に妖怪を恐れ涙していたが、りんは怖いとは思わなかった。
必ず捜しにきてくれる妖がいたからだ。
 
問題は、妖より早く救出に現れた旅の僧に突きつけられた現実だった。
 
「帰ろう」と手を差し伸べてきた法師に、りんは一言「わたしはいいの」と告げた。
法師がそれで納得するわけもなく、りんは小動物よろしく摘み上げられ
強制的に人里に連行されそうになった。
あの時の恐怖は今でもはっきり覚えている。

 
“帰ろう”
“何をそんなに嫌がる?”
“こんな森の中で人の子は生きてはいかれない”

 
一方的に突きつけられた現実と常識に、りんは身を捩って抵抗した。
 
「生きていけるもん!わたしは大丈夫だもん!」「殺生丸さまが来てくれるんだから!」
法師の訝しげな目を気に留める余裕もなく、懸命に法師の腕から逃れようともがいた。

 
第一どこへ帰ろうと言うのだ?りんにはもう帰る場所なんてない。見知らぬ人間に囲まれ、また地べたを這うように生きろと言うのか。

 
必死で名を呼ぶりんの叫び声に応えるように、
妖は姿を現した。
「殺生丸さま!」顔を輝かせるりんを前に、妖はじっと法師を睨み付けていた。
 
ここまでが、実際にあった過去の出来事。
 
しかし、悪夢は事実を更に残酷に捻じ曲げて再現していく。
 
法師を睨み据えていた妖の視線が動き、
その焦点はりんに落ちた。
しんと沈んだ妖の瞳に、りんの笑顔も凍りつく。
 
そして妖は紡いだ。静謐で残酷な宣告を。
 
 
「お前は人間だ。」
 
――――ニンゲンダ。
 
「我々とは生きる世界が違う。」
 
――――イキルセカイガチガウ。
 
「感情も、生き方も、寿命すら隔たっている。」
 
――――カンジョウモ、イキカタモ、ジュミョウスラ――――。

 
呆然と妖の言葉を反芻するりんの目を正面から捉え、
更なる宣告が下された。

 
「人里へ戻れ。」

 
耳を撫でる言葉は形を成さず、もはや反芻することさえ叶わなかった。

 
「二度と私の前に現れるな。」

 
踵を返す妖の動作は緩慢でありながらも迷いは一切ない。
ただ静かに歩み去っていく。
 
振り向くことも、名を呼んでくれることもない。
 
りんは大きく目を見開いていた。しかしそれにも拘らず何も見えていなかった。
ただ虚ろに開いただけの空洞のような瞳で、りんは妖の背中を見送っていた。
耳がじんじんと痛む。
頭の中は地鳴りのようにひどく煩い。
擦れた息を吐き出す喉が痛み、手足は泥沼の深みに嵌ったように動かない。
 
息が吸えなくなる。意識が薄れていく。
頭の片隅でこれでいいんだと呟く。
このまま死んでしまえば楽だ。これでいい。でも、もう一度だけ名前を呼んでほしい。せめてお別れを言ってほしい。お願い、行かないで――――。
 


 
ここで目が覚めた。
 
思い出すと胸が激しく痛む。
これは夢の余韻から覚め切れていないから・・・だけではない。
あの悪夢の半分が紛れもない事実だからだ。
 
「・・・・・・。」
 
りんは夢の内容を語ろうとして語れず、
小さく微笑んだ。
 
「楓さま、りんはどうして――――。」
 
どうして、の後が続かない。
何を言っても楓を悲しませてしまうような気がして、どう表現しても嘘になるような気がして、りんは夜着の上で俯いた。
 







 
「それじゃ、楓さま、行ってきます!」
「ああ、気をつけてな。」
 
翌朝、りんは元気よく声を上げて家を出た。
昨夜は悪夢にうなされて飛び起きるという珍事があったが、
朝はいつも通り穏やかに迎えることができた。
 
元来夢というものは起きてしまえばすぐに薄らいでいくものだ。
だからりんも昨夜の悪夢を引き摺ってはいない。
こうしてお天気に恵まれた朝、行き交う人々と挨拶を交わしながら始まる一日に、悪夢の入り込む余地などどこにもないのだ。
 
今日のりんは畑仕事の手伝いに出ていた。
ある一家の妻女が産み月を近く控え、家事はこなせるものの畑仕事は困難になってきた。その手伝いというわけだ。

 
「おはようございます!」
「あぁ、りんや。おはよう。いつもすまないねぇ。」
「とんでもないです。今日は何をお手伝いしましょう?」
「今日は忙しいんだよ。今日中に刈り取りを終わらせて全て束にしてしまわないといけないんでね。」
「わかりました!りんはこちらからでいいですか?」
「悪いねぇ。今度また野菜でも届けにいくから、楓さまにもよろしく言っておくれ。」
「はい、こちらこそ助かります。」
 
りんは満面の笑みを向け、作業に取り掛かった。

 
刈り取りは楽な作業ではない。
汗で滑りそうになる鎌を握り直し、力を込めて根気よく進めていく。
ずっと同じ体勢を保っている体は軋み、時折ぐん!と立ち上がっては軽く腰を叩く。
それでも今日中には全ての刈り取りを終え、束にしなくてはならない。一晩置くと露にあたり穀物が傷んでしまう。
 
しかし、りんは畑仕事が嫌いではない。
楽ではないが、然程辛いとも思わない。むしろ何も考えず体を動かしていると、辛さを訴える体と裏腹に意識が冴えてくる。
ただ一つのことに集中することは気持ちが良かった。
 
昼時に一度休憩を挟み、出された握り飯を恐縮しながら食べた。
忙しい一日のひととき、近況報告を兼ねた四方山話をするのは楽しい。
半刻ほど休んでからまた作業に取り掛かり、りんが解放されたのは日が西に傾き始めた頃だった。
 
刈り取りが完了したので、後は家人だけで手は足りるという。
疲れたろうし、家の手伝いもあるだろうからと言って、りんの手に袋一杯の粟と米を渡してくれた。
 
「それじゃ、りん、今日は助かったよ。」
「こちらこそ、これ、ありがとうございました。さようなら。」
「ああ、またな。」
 
頭を下げてりんは歩き出す。
 
思いがけず早くに用が済んだ。真っ直ぐ帰宅しても良いが、確かに今日はちょっと疲れている。水場で休んでいこうと思い、りんはくるりと方向を変え、川へと歩き出した。
 
 

 
りんは川辺が好きだ。
独特の清涼感があって清々しい。
空気を胸いっぱいに吸い込み、そろそろと水辺まで近寄る。
覗き込めば、見慣れた顔の少女がこちらを見つめていた。
 
目尻が心持ち吊り上がった大きな瞳、
ちんまりとした唇、
奔放に跳ねる長い黒髪。
 
水に映る少女は紛れもないりん自身であり、そして――――。

 
「人間、だ。」

 
小さく呟いてから驚く。
りんが人間だなんて当たり前のことなのに、何だかひどく切羽詰って聞こえたような気がして、りんは訳もなく狼狽した。
 
もしかして、昨夜見た・・・今はもうおぼろげにしか思い出せない夢と
何か関係しているのだろうか?
 
尚も水面の少女を凝視していると、不意にうなじに風がかかった。

 
「そんな所で呆けていると、水に落ちちまうよ、お嬢さん。」

 
背後から聞こえてきた艶っぽい声。
慌てて振り返ると、こちらを見て微笑みを浮かべる女と目が合った。
 
日の光を受けて輝く漆黒の髪を、後ろで重たげにまとめた髪型。
不思議な光沢を放つ純白の着物を、
りんが見た事もないような着付け方―――大きく抜き襟をした首筋は露で、足元からは緋の襦袢が鮮やかに映えている―――で着こなしている。
そして何より、純白の着物に劣らぬほどに白い肌と、野苺のような唇、踊るように楽しげな切れ長の瞳。
 
なんて美しい人だろう、と思った。
 
一見して堅気の人間には到底見えない女だったが、
警戒することすら忘れて見惚れてしまったのは、その美貌はもちろんのこと、
敵意が全く感じ取れなかったからだ。
 
女は上半身を捻った粋な立ち姿でりんを見ていたが、
すぐに向き直って歩み寄ってきた。
 
「水辺で物思いとは、なかなか洒落たお嬢さんじゃないのサ。」
「い、いえ、違います・・・!」
 
距離を詰めてくるその人の美貌と芳香に惑い、りんはぶんぶん首を振る。
 
「あら見てみなよ、熟れ柿が落ちてる。」
 
そう言って女は、すんなり伸びた美しい指で水面を指した。
 
「熟れ柿?」
 
りんが思わず覗き込むと、真っ赤な顔をした少女が水面に映りこんだ。
 
「・・・!!」
「ね?可愛らしい熟れ柿だろ?」
 
鈴を振るうような声で笑う美女と、
隣で真っ赤になって狼狽しているごく平凡な少女。
 
あまりにも似つかわしくない絵図だ。りんは急にいたたまれない気分に襲われ、立ち上がった。
 
「あ、あの、りんはもう帰ります、ので!」
「まぁお待ちよ。からかって悪かったね。気に触ったんなら謝るよ。」
「い、いえ、でも・・・。」
「ちょっとアタシとお話していかないかい、おりんちゃん?」
「・・・!」
 
美しい瞳でじっと見つめられたりんは、あっさり陥落して腰を下ろした。
女は再びころころ笑う。
 
「りんって名かい?」
「はい。」
「いい名じゃないか。持ち主にぴったりだね。」
「ありがとうございます。」
「それで、おりんちゃんはこんな人気のない水辺で一人、何を思っておいでだい?」
「い、いえ、特に何も・・・。」
「恋煩いなら相談にのったげるよ。」
「そ、そんなんじゃありません。」
 
再び熟れ柿状態になったりんを、女は面白そうに覗き込んだ。
 
「でも大切な人はいるんだろ?」
「・・・!」
「隠さなくたっていいじゃないか。少し話してごらんよ。どんなお人だい?その幸福な殿方は。」
「・・・・・・。」
 
どうもこの人には逆らえる気がしない。
深い色の瞳で覗き込まれ、しかし生来お喋り好きなりんは、大好きな妖の話をいつしか生き生きと語っていた。
 
「すっごく優しくて強くて綺麗なんです。この着物もその方がくれたものなんです。りんのこといつも助けてくれて、話を聞いてくれて、時々遠くへ連れて行ってくれるんです。今度紅葉狩りに行く予定なんですよ。」
「そう・・・いい男じゃないか。」
「はい!りんは殺生丸さまが大好きです。」
 
嬉しそうに笑うりんを見つめる女の目が細められた。
 
「殺生丸・・・・・・。」
「あ、その方のお名前です。」
 
りんは視線を空に向けた。
 
大好きな妖の話をするのはいつだって嬉しい。
改めて妖の優しさを実感できて胸が温かくなる。
 
殺生丸さまに会いたいな、と思った瞬間、
女の唇が動いた。

 
「・・・どうやら、本当に“当たり”だったみたいだねぇ・・・。」
「え?」

 
振り向こうとした刹那、口元に薄布を押し当てられた。
 
「!?」
 
驚いて見上げると、優雅に微笑む女と目が合った。
しかしその微笑は先程までの友好的なものではない。細められた瞳は爬虫類のように鈍く光り、僅かに吊りあがった口角は刃物を連想させた。
 
「ごめんね?おりんちゃん。」

 
意識が薄れていく。
霞んでいく視界の中、女の瞳が血のような朱色に染まっていくのが見えた。

 
(あぁ、この人、妖怪だ・・・・・・。)


 悟った時は既に遅く、りんの意識は暗闇へと吸い込まれていった。






 






















兄上出せなかった・・・orz
次回から登場します。
爆砕牙と天生牙を振り回して大活躍します。嘘です。

タイトルは色々と考えたのですが、「慟哭」に落ち着きました。
もしよろしければつづきも読んでいただけたら嬉しいです^^


2へ

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