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時の待ち人
初・御母堂さま語り。
冒頭、タイトルの前までは兄上目線ですが;
よろしければつづきから是非~(^^)
冒頭、タイトルの前までは兄上目線ですが;
よろしければつづきから是非~(^^)
――――殺生丸、お前に守るべきものはあるか?
こう問いかけてきたのは父だった。
死に直面しても尚、その背中が威風堂々と見えたことと、
砂浜に滴り落ちる鮮血がやけに色鮮やかであったことを憶えいている。
――――殺生丸、そなたが愛しきは己が力のみか?
こう問いかけてきたのは誰であったか・・・。
恐らくは母だったのだろう。
何と返答したかはもう忘れてしまった。
平生は捉えどころのない笑みを湛えてこちらを見据えてくる母が、
あの時はいつになく真面目な表情をしていた―――ように記憶している。
妖は探している姿と気配を求め、空中を鋭く見据えた。
時の待ち人
「御方様、いかがなされましたか。」
お側付の者に問いかけられ、私は顔を上げた。
胸元の冥道石を見据えたまま動かぬ私を不審に思ったのだろう、無表情な中にも怪訝そうな瞳をしてこちらを見つめている。
「大した事はない。近頃この冥道石がやけに騒ぐのでね。」
「冥道石が?何かの前触れでございましょうか。」
「なに、そんな大層な事ではなかろう。せいぜい数百年ぶりに冥界への道が拓かれたという程度の事だろう。」
適当に答えてやると、
それは十分大層な事でございます、とでも言いたげな顔をされた。
私はわざと欠伸の一つも漏らして、冥道石から手を放した。
「つまらぬものに気を取られてしまったな。まぁ良い。湯茶を。」
「・・・かしこまりました。」
主の気まぐれに慣れている従者は、
不審な思いこそ払拭されてはいないだろうが、
素早く奥へと下がっていった。
それをしかと見届けてから、私は空を仰いだ。
常に身に着けているとは言え、本来の役目を果たす時が来ぬ冥道石の存在など長らく忘れていた。
それが、ここ数日は何かを暗示するかのようにかすかにざわめている。
(これは――――。)
本当に、あの男が予言した通りの“時”がきたのかもしれない。
私にとっては、数百年越しの返答を得られるその時が。
この石は私に二人の男を思い起こさせる。
一人は我が夫だ。
もうこの世にはおらぬ夫ではあるが、あの強大な妖力と圧倒的な存在感は、
死後数百年が経過した現在でも根強くこの世に息づいている。
しかしそれは他を威圧するだけのものではない。
我が夫は強大な力を持つ者に見合うだけの、広く深い懐の持ち主であった。
どこの博愛主義者だと呆れてしまうほどに、生きとし生けるものを平等に慈しむ男だった。
一度だけ、何故そなたはそのように何にでも興を引かれるのだと問うてみたことがある。
すると、夫は豪快に笑って言った。
「簡単なこと。私には愛しきものが沢山あるからだ。」
「・・・どういう意味?」
「そなたが愛しい。殺生丸が愛しい。・・・愛しきものを持てば、自然とこの世は美しく映る。」
「はぁ・・・。」
「だから日も愛しい、月も愛しい。老いも若きも、男も女も、妖もヒトも、全てが私には興深く見えるのだ。」
さすがにそれは極端なのでは、とつっこみたくなったが、
夫が何の衒いもなく笑顔で言い切ったので我慢しておいた。
しかし続けて「いつか殺生丸にもこの気持ちを継いでもらいたいものだ」と言ったのには、
すかさず「それは無理だろう」と即答してしまった。
夫は苦笑した。
「・・・無理だろうか。」
「あの息子にそんな日が来るとは、私には思えないが。」
「今はそうだろうがな・・・だが、生は長い。まだまだわからんぞ。」
「ないだろう。」
「・・・・・・そこまで言い切らずとも良いではないか。」
夫は拗ねたような目で私を見た。
「確かに今のあやつは力を追い求め、己が強くなることしか考えておらぬ。しかしそれはまだ若年であるが故の必然。」
「性格だと思うが。」
「多少はな。だが、いつかあやつも気付くであろうよ―――己のみを強化したところで何も得られはしないということを。力とは、愛しき者の為、己の信念の為に使うからこそ価値が出るのだ。」
愛する者のために力を振るう息子・・・。
そろそろ私の想像を超えてきた。
額を押さえる私に気付いていないのか、夫は楽しそうに話し続けた。
「だからこそ私は、殺生丸に天生牙を譲ろうと考えたのだ。天生牙は殺生丸を所有者として認めるであろうよ。そして殺生丸も、いつか必ず、天生牙の力を以って守りたいと思える者に出会ってくれるだろう。」
その日が楽しみだな―――――。
夫はそう言って笑っていた。
最強の妖怪でありながら、真っ直ぐで少年のように無邪気な笑顔で。
それ故、冥道石を見て思い起こすもう一人の男とは、つまり息子のことになる。
あの男の嫡子でありながら、誰に似たのかさっぱり愛想がない。
恐ろしく気位が高く、思い込みが激しく、協調性がなく、人の話に耳を貸さず、おまけに冷酷無慈悲で残忍な性格だ。
愛しきものがあるからこの世が美しく見える、と笑っていた男の息子とは思えない。
自分の息子だからこそ愛しさもあるものの(言動には表さぬし、そのつもりも毛頭ないが)、
これが他所の子どもであったらさぞや小憎らしかろうと思ってしまうほどだ。
まったく、本当に、一体誰に似たのやら。
息子は父親が死んでも涙一つ見せず、
それどころかますます父の力の象徴―――鉄砕牙に執着するようになった。
そなたには天生牙があろうが、と進言してやったが、
斬れぬ刀など不要だと吐き捨てるように返答したところから推して、
天生牙を譲った父の心情もさっぱり汲み取れていないようだ。
予想通りと言うかお約束と言うか、悪い意味で期待を裏切らぬ奴よ。
父を失った直後の息子は荒れていた。
敬愛する父が人間の娘に子を産ませたこと、
その母子の為に命を落としたこと、
あれ程欲した鉄砕牙ではなく、癒しの刀である天生牙しか譲られなかったこと、
何もかもが息子の自尊心を傷つけていた。
母としては荒れた息子の心を鎮めるため、何か心に沁みる言葉でも掛けてやるべきなのかもしれないが、
一言たりとも思いつかないので放置しておいた。
第一、荒れている息子は手がつけられないので、関わるのが面倒だ。
あやつにしても、私に優しい言葉など掛けられたところで、一秒も慰まらぬだろう。
「お、御方様っ、若様が血まみれのお姿で帰還なされました!」
従者が脅えた様子で報告に来るのも毎夜のこと。
・・・もっとも、報告されるまでもなく、この嗅覚で委細承知なのだが。
「返り血であろう?案ずるには及ばぬ。」
「し、しかし、尋常ではない量の血を浴びておられます。」
「修行熱心なことよ。放っておけ。」
やれやれ、弱き者をなぶり殺すことで鬱憤晴らしか?
それとも純粋に修行の為か。
いずれにしても、父の対極をゆく息子だ。
日を追うごとに冷たさと鋭さを増す息子の瞳を見て、
私は遠からず息子が屋敷を出奔するだろうと予感した。
ならばせめて、夫の真意の一端くらいは伝えておくべきだろうか。
私は何年ぶりかに自ら息子の姿を探し出し、
夜空を見上げるその背中に声を掛けた。
着物を変え湯浴みを済ませてはいるが、まだ生々しい血臭を全身から放つ息子は、
今宵どれだけの命を屠ったのだろうか。
「ここにいたか、殺生丸。」
「・・・・・・。」
「母はそなたの姿を求め、屋敷中を探し歩いていたのだぞ。」
「戯言はいい。何の用だ。」
相変わらず可愛げがない。
まぁ、桁外れの嗅覚を持つ我ら一族が「探し歩く」というのもわざとらしくはあったが。
「用というほどの事はない。ただ、母に挨拶もせずに家出をするであろう息子の先手を打って、こちらから出向いてやったまで。」
「・・・・・・。」
「父上の刀を探すつもりか?」
「刀の在り処について何か知っているのか。」
頑なに背中を向けていた息子が素早く振り向いた。
平素は何につけても無関心を装っている息子が、“父の刀”という言葉に過剰反応する様子は面白くもあった。
「さぁ、私は刀については何も聞かされておらぬからな。」
涼しい顔で答えてやると、一瞬私を睨み据えた後、
ならば用はないとでも言いたげに再び背を向けた。
「殺生丸、そなた、最後に父上に会えたのであろう?」
静かに問いかけてやると、息子の肩がぴくりと動いた。
「父上に刀をねだらなかったのか?」
「・・・・・・。」
「刀についての話題は一切出ずか。」
「・・・・・・。」
だんまりを決め込む息子だが、ここは母の威厳を見せて、
背後から強烈な圧力をかけてやった。
やがて息子は苦々しげに言った。
「下らぬことを訊かれた。」
「何と?」
「言う必要はない。」
「守るべきものはあるか―――とでも問われたのだろう。」
背を向けたまま素早く首だけ捩って、息子は私を睨み付けた。
何故それを知っている、と冷えた瞳が語っている。
私は優雅に微笑んでみせた。
「生前の父上からよく聞かされたのだ。いつか殺生丸に問うてみたいことだと。」
息子はちっ、と吐き捨てて視線を前方へ戻した。
「世迷言を・・・。父上は人間に情けをかけるほど堕ちてしまわれた。」
「ほぅ、そう思うか。」
「当然だ。」
「ならばその父の遺した刀に執着するそなたは、高潔なままと言えるのか?」
「・・・・・・。」
背を向けたままの息子の妖気が、ざわつくような殺気を帯びた。
私はわざと、ほほ、と声を出して笑った。
「父上は、守るべきものがあるかとそなたに問うた。ならば母はこう問うてみよう。」
――――殺生丸、そなたが愛しきは己が力のみか?
息子は微動だにしない。
私も動きを完全に止めて、息子の背を見据える。
風さえそよがぬ静寂の中、私は答えを待っていた。
もっとも、現時点ではこやつの答えなど決まっている。
父のみならず母までもこのような下らぬ戯言を、と内心歯噛みしているに違いない。
それでも問うのは、この頑なな心を溶かす存在が現れた時、
夫の訓戒をより骨身に染み込ませる為。
ただそれだけだ。
・・・私も随分、意地が悪いかもしれぬ。
まぁ良い、全ては愛息の為だという設定にしておこう。
やがて下弦の月が雲に隠れた刹那、
息子は勢いよく地を蹴った。
その姿はたちまち獣の姿へ変化し、震える咆哮を残して飛び去っていった。
「返答もせぬか。成長のないこと。」
恐らく息子は当分ここには戻るまい。
傷ついた自尊心を抱え、冷酷な獣の瞳のまま、あらゆるものを傷つけて旅路を歩むことだろう。
見なくともわかる道程を思い浮かべ、私はやれやれと首を振った。
正直に言って、私は夫のような博愛主義者ではないし、
愛しきものがあるからと言って万物に美を見出せるほど、外界に興味もない。
故に夫が言わんとしていたこと、息子に伝えたがっていたことの全てを理解しているとはお世辞にも言えない。
そして未だに、あの息子に他者を慈しむ心が芽生えるとは到底思えない。
凍った心で破壊の化身となり、永遠に手に入らぬ力を求めて流離うだけの旅路になるか、
父の望んだように真に価値ある力を手に入れ、父を超える妖怪となるか。
所詮、全ては息子次第。
私が手を貸すことではないし、導いてやる理由もない。
しかし、それでも。
“だが、いつかあやつも気付くであろうよ―――己のみを強化したところで何も得られはしないということを。力とは、愛しき者の為、己の信念の為に使うからこそ価値が出るのだ”
夫の言うように、息子が「愛しき命」を見出したなら。
“殺生丸も、いつか必ず、天生牙の力を以って守りたいと思える者に出会ってくれるだろう”
その時こそ、真の引導を渡してやろう。
力育む引導ではない。
夫が―――殺生丸の父親が、真に伝えたかった真実の引導だ。
さすれば、私の問いに対する返答も
自ずと得られようと言うものだ。
“その日が楽しみだな―――――”
タイトルにはつっこまないで下さい;;;
(待ち人っておかしくね?など)
御母堂さまの名台詞、「愛しき命」に萌えすぎて生まれた話です(*゚∀゚)=3
あそこでさらっと「愛しき命」なんてワードが出るのは
きっと過去に伏線があるからに違いない!という妄想でした。
御母堂さま初登場でしたが、
書いててとても楽しかったです。ママン最高ー!
冒頭のシーンは、
冥道を広げるため母君を探している兄上の図なイメージです。
読んで下さった方、ありがとうございます。
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