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慟哭 5
殺りんでつづきもの。

第五話です。

!Attention!
ぬるめですが、戦闘による流血表現があります。
苦手な方はご注意下さい。

よろしければ是非~^^


































 慟 哭    5








キィン!と金属音が森にこだまする。
 
下卑た断末魔の悲鳴を上げ、妖怪が息絶えたのを確認してから
殺生丸は爆砕牙を下ろした。
 

これでもう何匹目になるのか数える気にもならないが、
有象無象に湧き出る魑魅魍魎には心底うんざりさせられる。
まだ森をいくらも進んでいない。急がなければ夜が明けてしまう。
 
殺生丸は足早に道を辿るが、夜の森というのは腹が立つほどに視界が悪い。
本来ならば宵闇など何の障害にもならずに周囲を見渡せるが、妖力を封じられ人間の身となった現在は、
文字通り一寸先も見えなかった。
 

折悪しく今宵は朔の日である。
頼りない星明りは森深くまでは届かず、辺りは完全な暗闇に近い。
 
小枝に手を引っ掛け、いとも簡単に肌が傷つく。
鬱陶しげに払い除けた途端、長い髪の毛が枝に絡まった。

 
「ちっ。」

 
苛立ちをぶつけるように爆砕牙で枝を斬り落とす。
 
再び前方を向いた瞬間、殺生丸は辺りを囲む無数の気配を感じ取った。
息を殺してこちらを見つめている数多の妖怪。
舌なめずりをする思いで喰らいつく好機を窺っているのだろう。
 
殺生丸はうんざりしながら爆砕牙を構えた。
 
本来ならばこれしきの雑魚どもは爆砕牙の一振りで瞬殺できる。
しかし妖力のない今、爆砕牙は一介の刀に過ぎない。

 
全て片付けるのにどれほどかかるか―――いや、一気に片をつけてみせる。

 
殺生丸は大きく息を一つ吸うと、
勢いよく地を蹴り魑魅魍魎どもへと斬り込んでいった。
 
 
 
 
 


 
 
「そんなこと、あなたに言われたくないっ!!!」
 

りんの慟哭が森に響く。
 
肩を抱く氷雨(ひさめ)の手が弾かれたように離れた。
りんを見下ろす棗(なつめ)は感情の動きこそ見せなかったが、青白い貌が一層白くなった。

 
「・・・何ですって?」
 
棗が抑揚のない声で問いかける。
 
「お前、今、何て言ったの?」
 
りんは目線を逸らさず、一語一句はっきりと答えた。

 
「わたしが・・・りんが人間であることを、あなたにそんな風に言ってほしくありません。」
「・・・どういう意味?」
「りんは人間です。それはりんの幸せなんです。」

 
棗の貌が着物より白くなり、朱色の瞳の濁りが増した。
しかしりんは怯まずに視線を跳ね返した。
 
 
今、りんの脳裏には、これまでの様々な感情や過去の出来事が走馬灯のように駆け巡っていた。
 
 
わしや殺生丸さまは百年くらいどうということもないが、人間のお前ではとっくに死んでおるだろうからなぁ、と言った時の邪見の声音。
あれは物の怪だ、人の子のついていく相手ではない、と諭すように告げた旅の僧。
感情も生き方も寿命すら隔たっている、と静かに断じた夢の中の殺生丸。

どんなに願っても埋めることのできない人と妖の差。
どんなに慕っても必ず訪れる別離の時。

そんなことくらい、とっくの昔から知っている。

 
りんはどうして人間なんだろう。いっそのこと妖怪だったら良かったのに。

 
現実を知った幼い日からずっとそう思ってきた。
人間でさえなければずっと一緒にいられるのかな、と思い詰めてしまうほどに、
人の身である自分が悔やまれてならなかった。
 
 
だが、現在のりんの思いは、少しだけ昔のそれと異なる。
楓との穏やかな暮らしの中で、人として生きることの喜びを知ったからだ。
 
 
悪夢を見て飛び起きれば、隣には案じてくれる人がいる。
明るい挨拶をかわしながら働きに行けることの清々しさ。
畑仕事を手伝い、お礼として収穫物をお裾分けしてもらうように、お互いに助け合って日々の暮らしを支えていくことの喜び。
煩雑な一日の間のささやかな休息の時間に、何気ないお喋りを楽しむこと。
 
自分を受け入れてくれる集団に属し、つましいながらも精一杯生きていくこと。
 
村には、りんが人の子でなければ味わえなかっただろう日常があった。
そしてその日常は決して不幸なものではない―――人間として生きることを嘆かなければならない要素など皆無だった。
 

(ヒトの子で良かった・・・。)

 
いつしかりんは素直にそう思えるようになっていた。
 
それは楓やかごめ、犬夜叉、弥勒、珊瑚、琥珀、村の人々、邪見、そして殺生丸が教えてくれた幸せだった。
 
大好きな妖のことを想う時に、我が身を切なく思う気持ちは未だ消えていないが、
しかし今までのように人間であることを悔やむ気持ちは、もうない。
 
りんは人間である己を受け入れ、それを幸福なことだと確信している。
 
 
そのことをはっきりと自覚した刹那に込み上げてきた想いは、
喜びの中に微かに混じる悲しみと切なさだった。
 
ヒトの幸せを知った喜びと、我が身を卑小に思うことから解放された喜び。

同時に、永遠に隔てられている妖との埋められない距離に対する切なさ。
 
いつまでも一緒にいたい、ついていきたいと願いながらも、それが叶わない己を知っている。
妖を慕うりんにとって、ヒトであることの幸福は、表裏一体の哀愁でもあった。
 
 
 
りんは強い意思を込めた眼差しで棗を見上げた。

 
りんの葛藤も、ヒトとしての喜びも切なさも、妖を慕う気持ちも、何も知らずにただ己の憎悪のみをぶつけてくる女妖怪に対し、
これ以上好き勝手に決め付けられたくないという意地がある。
 

 
―――お前は早く老いて死ぬだけの一時的な玩具よ。
 
そんなこと、あなたに言われたくない。
 
―――人間と妖の間にどれだけの隔たりがあるか、本当はわかってるはずよね?
 
そんなこと、あなたに言われたくない。
 
―――ねぇ、どうしてあなた人間なの?
 
そんなこと、あなたに言われたくないっ!
 

 
「・・・・・・。」
 
無言でかわされる視線の戦い。

不意に一陣の風が吹き抜け、焼け付くような痛みが頬に走った。
 
一呼吸置いて、りんは、棗に頬を叩かれたのだと気付いた。
容赦ない一撃は女といえども妖怪から繰り出されたものだ。
骨まで沁みる激痛と共に、唇が切れているのか血の味が口内に広がった。
 
倒れた上体を起こして棗を見上げると、彼女は荒々しく肩を上下させながらりんを睨み付けていた。
 
何故小刀を使わなかったのだろう、と場違いな疑問を抱くりんと棗の間に
氷雨が割って入った。

 
「・・・もういいよ、棗。」
 
氷雨は妹のか細い肩を軽く押しやり、疲れたように息を吐いた。
 
「ここで不毛なやりとりをしていたってしょうがない。あの男が来ないことには何も始まらないんだからね。あんたはあっちで寝ておいで。」
「姉さん・・・。」
「いいから。」

穏やかながらも有無を言わせない氷雨の声に後押しされ、棗は静かに腕を下ろすと、ふらふらと立ち去っていった。
その背中は見る者の眉を顰めさせるほどに痩せ衰えていた。
 

妹の後ろ姿を見送りながら、氷雨もまた疲労の濃い顔色で座り込んだ。
鏡を抱き締めるようにして身を屈めている。
 
そしてりんを見て弱々しく笑った。

 
「もうすぐ殺生丸に会えるから、あと少しここで我慢しておくれよね。」

 
それだけ告げて視線を逸らした氷雨の横顔に、ひどく思い詰めたような色が浮かんでいるように思え、りんは戸惑った。
 
氷雨は棗と異なり、りんに憎悪の感情は抱いていないようだが、
殺生丸に復讐しようとしている以上、りんの身をどう扱うつもりなのかわからない。
決して油断はできない相手だ。
 
それはわかっていたが、氷雨の美しい瞳がどこか悲しげに伏せられているのを見て、
りんは微かな胸騒ぎを感じた。
 
 
 
 





 
牛のように正面から突っ込んできた妖怪の攻撃をかわし、
かわしながら刀で斬りつける。
と同時に頭上に殺気を感じ、転がるようにして避けた刹那に、一瞬前まで殺生丸の頭があった位置に蛮刀が叩きつけられた。
素早く身を起こした瞬間襲い掛かってきた敵の攻撃を爆砕牙で防ぎ、
背後から迫ってきた敵を振り向きざまに蹴り倒す。

 
「何だ、この人間。普通じゃねぇな。」
「諦めの悪い奴だ。」
「かまうもんか、多少強かろうがただの人間だ。やっちまえ!」

 
下衆妖怪の囁きに、殺生丸の奥歯がギリ、と音を立てる。
 
平生ならば睨み据えるだけで恐れをなして逃げていくだろう雑魚どもの勝ち誇った顔。
見下したような視線。
 
一匹たりとも生かすつもりはない。

 
刀を握り直し、一斉に襲い掛かってきた妖怪どもの間を巧みにすり抜ける。
二、三匹をまとめて斬り伏せたと同時に、左右からの攻撃を察知して後方へ飛び退く。
 
しかし人の身である今、思うように跳躍できず岩に背をぶつけた。
その隙を逃さずに飛び掛ってきた妖怪の爪が
殺生丸の左肩を切り裂いた。

 
一瞬で血臭が広がる。

 
その臭いが刺激となったのか、他の妖怪どもが勢いづいて襲い掛かってきた。
刀を振るい、身を捻って攻撃をかわしながらも
己の動きが鈍っていることを自覚せずにはいられなかった。
 

体が思うように動かない。
これしきの戦闘で疲労を覚える。
流れてきた汗で視界が曇った刹那、図体が岩のように硬い妖怪の突進をまともにくらってしまった。
 
鎧が砕け、吹き飛ばされた体が木に叩きつけられる。
 
 
「うっ・・・・・。」
 
 
まともに受け身をとれなかった為、激痛が全身に走る。
 
それでもすぐに立ち上がり、体勢を整えようとした途端、殺生丸は吐血した。
口元を押さえた手から滴る黒い鮮血が、ぽたりぽたりと地面に落ちた。
 
今の一撃で内臓を傷めたのかもしれない。
 
目の上が切れているのか、生温かい感触のものが顔面を流れてきた。

 
「ちっ。」

 
殺生丸は乱暴に袖で顔を拭い、目の前の妖怪どもを睨み付けた。
 
爆砕牙を構える手が僅かに震える。
それは疲労によるものか、それとも痛みによるものか判然としないまま、
殺生丸は大きく肩で息をした。
 
残る敵は三匹。
戦闘を長引かせればそれだけ不利になる。
 

「しぶとい奴だ。」
「だがもう限界だろう。ボロボロじゃねぇか。」
「でもよ、人間の男って美味いか?おれは若い女子の肉が一番好きなんだがなぁ。」
 
下卑た笑い声を上げる下等妖怪ども。
 
 
「まぁ今晩は男の肉で我慢し――――。」
「黙れ。」
 
 
会話を遮る冷たい声。
妖怪どもの動きが止まり、視線が殺生丸の方へ動いた。
 
「あ?今なんか言ったか、人間?」
 
妖怪どもが凄んでみせる。
対する殺生丸の声音はどこまでも冷たい。
 

「黙れと言った。」
「・・・なんだと?」
「貴様らの低俗な会話に付き合っている時間はない。」
「てめぇ・・・・・・。」
「御託はいらん。かかってこい。」

 
挑発された妖怪どもは、怒りの咆哮を上げて一斉に突進してきた。
 
夜の森の静寂にふさわしくない怒号を響かせて、
男と妖が激突する。
月さえ姿を見せない朔の闇夜だけが、その行く末を見下ろしていた。
 
 
 
 
 
 
どれ程の時間が経過したのか。
 
地に膝をつき、刀を突き立てて上半身を支えている男の後ろには、
数多の妖怪の残骸があった。

 
妖怪どもは殲滅したとは言え、内側から引き裂かれているかのような激痛に、
殺生丸は立ち上がれないでいた。
 
このまま倒れ伏し、痛みの疼くまま苦痛の声を上げられたらいっそ楽になろう。
だが、そのような醜態を晒すことは男の矜持が許さない。
 
体を動かせぬ程の激痛は、鉄砕牙の剣圧をまともに受けたあの時を思い起こさせた。
しかし今回の相手は、本来ならば爪の一振りで屠ることのできるような雑魚妖怪どもだ。
そいつらを相手にこれだけの苦戦を強いられ、
まともに立ち上がることもできない己の姿が忌々しかった。

 
「くっ・・・。」
 
視界が霞む。
血を流し過ぎた。

 
(これしきの・・・傷で・・・・・・。)

 
傍らの木に手をつき、どうにか立ち上がったところで、
不意に殺生丸は気が付いた。
 
 
妖力を封じられたこの体―――容易く傷を負い、匂いを嗅ぎ分けることも闇夜を見通すことも叶わぬこの世界は、
りんの見ている世界なのだと。
 
 
今、殺生丸はりんと同じ位置に立っている。
同じ世界を見ているのだ。
 
純粋な妖怪である殺生丸には、どれ程の妖力を以ってしても不可能であったことだ。
 
唐突に悟った事実に対し、男は眼を見開いた。

 
そうだ、この体はりんと同じ。
何故今まで気が付かなかったのだろう。
己にとっては五感を全て封じられたも同然なこの状態が、りんにとっての“常”なのだ。

 
殺生丸は己の掌を眼前にかざす。
 
 
この脆さも、弱さも、不自由も、全てりんのもの。
 
 
(りん・・・・・・。)
 
 
これ程に―――いや、娘の身体だからこれ以上だろう―――か弱い体で、過酷な妖の旅路についてきた。
どんな時でも妖の背中のみを見据え、後を追ってきた。
 
脳裏に浮かぶのは、ずっと一緒にいたいのだと無邪気に笑っていた人間の娘。
 
“はい、りんはここで待っています!”
“迎えにきてねー!きっとだよー!”
“殺生丸さま、おかえりなさい!”
 
少女と共に連れ立ち、その身のか弱さは理解しているつもりだった。
しかし、実際は少しもわかっていなかったのだ。

ヒトの身の、儚さを。
 
 
(りん・・・。)
 
 
小さな針で突かれたように、胸の内が痛んだ。
 
その痛みが何なのか判然としないまま、
眼前にかざした掌を固く握り締める。
 

二度と失えない娘を、再びこの手に取り戻す。

 
その決意を、今は黒き瞳に映し出し、
殺生丸は重い体を引き摺るようにして歩き出した。
 
傷めつけられた臓腑や切り裂かれた左肩、戦闘による興奮で止まる気配のない血が、男を激痛に苛むが、足取りも視線も揺らぎはしない。
 
夜明けまでもう時間がない。
 

 
(りん・・・必ず・・・守り抜いてみせる。)

 
 
この殺生丸の誇りにかけて。
必ず。































6へ

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