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慟哭 3
殺りんでつづきもの。
第三話になっております。
よろしければつづきから是非~^^
慟 哭 3
殺生丸は体を引き摺るようにして森を進んだ。
常に身に着けている鎧が鉛のように重く感じられるのは
やはり妖力を封じられているせいなのか。
悪心が強まり脇にあった大木に片手をついた。
異常な速度で脈打つ心臓の音を聞きながら
荒い呼吸を鎮めようと努める。
「・・・あの女・・・。」
込み上げてくる怒りで目の淵が熱くなる。
もったいぶった口調と癇に障る甘い声で女が語った事実は三つ。
まず、殺生丸の妖力が鏡によって限界まで吸い出されたということ。
曰く、人の姿を保つのがやっとであるということだ。
次に、妖力を取り戻すには女の持つ鏡を「五光石(ごこうせき)」という魔石で壊す必要があること。それ以外の手段で鏡を壊せば妖力は永遠に戻らない。
鏡も石も女の手中にあるということは、妖力を取り戻す為には女を追い鏡と石を奪わなければならない。
最後に、りんが人質として捕らえられているということ。
「もちろん時間制限を設けさせてもらうよ。」
女は笑いながら言った。
「妖力もおりんちゃんも夜明けまでに取り返しにおいで。アタシらも気が長い方じゃないからね、あんたがあんまりぐずぐずしてたら喰らっちまうかもしれないよ。」
女は自らの後方を指で示した。
「簡単だろ?この森をまっすぐ進めばいい。ただしこの森には魑魅魍魎がいるから、襲われないように気をつけな。そいつらは夜が深まるごとに活発化するよ。まぁ普段のあんたなら一撃で葬れるような雑魚だけどね、今のあんたじゃどうだろうね。」
殺生丸の姿を一瞥し、くすくす笑う。
「逃げてもかまわないよ。人間にはこの試練は厳しすぎるものね?」
嘲笑と共に捨て台詞を投げ付け、女の姿は消えた。
「ふざけたことを・・・。」
殺生丸は低く唸る。
人間の姿にはなれども、一歩も退く気はない。
この屈辱を晴らすまで、りんと妖力を取り戻すまで、この森を出るつもりなど毛頭なかった。
殺生丸は平生の十倍は重く感じられる体を見下ろし、忌々しげに舌打ちをした。
その時ふと帯刀している二振りの刀に目が留まり、爆砕牙を抜く。
一振りで千もの妖怪を瞬殺できる刀身も、今は心なしか鋭さを潜めているように見える。それでも主と同様、誇りだけは失っていないとでも言うように夕日の光を弾いて彼の瞳を映した。
爆砕牙の刀身に映る己の瞳の色が黒く染まっているのを認め、
男は再度舌打ちをした。
誇り高い大妖にとって、このような姿に堕ちることほど屈辱的なことはない。
あの女だけは容赦しまいと心に決め、殺生丸は丁寧に刀身を指でなぞった。
さすがに本来の破壊力は望めないだろう。
だが鈍く光る刀身を検め、その切れ味は死んでいないと確信した。
(・・・これで十分だ。)
殺生丸は刀をおさめ、魑魅魍魎の渦巻く森の奥へと踏み出していった。
「およしよ、棗(なつめ)。」
響いた声に、りんの首を締め付けていた指が緩んだ。
女の拘束から逃れたりんは、酸素を吸い込み咽ながらも声の主を見定めようとした。
そこに立っていたのは、川辺で会ったあの女妖怪だった。
咳き込むりんを静かな瞳で見つめている。
棗と呼ばれた女はくるりと振り返った。
「姉さん、どうして止めるの?」
(姉さん・・・?)
りんは苦しい意識の中で考える。
この二人は・・・姉妹なのか。だからこんなによく似ているのか。纏う空気は全く正反対だけれど。
女は視線をりんから棗へと移した。
「大事な人質じゃないか。あの男が来る前に殺しちゃ意味ないだろう。」
「関係ないわ。だって・・・上手くいったんでしょう?」
「こっちの計画通りサ。いい姿になったよ。」
「じゃあもう人質の価値なんてないわ。早く殺して、そしてあの御方に目を覚ましてもらわなくちゃ。」
訳の分からない会話が目の前で展開されているが、
唯一、ここにいては命が危ないということだけは確信できた。
“姉”が肩を竦めた。
「まぁお待ちよ。せっかくの人質なんだから、使いどころを間違えちゃ勿体無い。」
「でも、私はこの汚らわしい小娘が視界に入るのはもう我慢できないのよ!」
「そうかい。じゃ、ちょっとアタシが借りてくよ。」
「姉さん・・・!?」
「あんたはここでちょっと眠ってな。ひどい顔色してる。」
女は気軽な足取りでりんに近付き、ひょいと摘み上げて歩き出す。
そして明るい笑顔を向けてきた。
「危なかったね、おりんちゃん。」
りんは忙しなく瞬きをした。
現在進行形で危ないです、と思いつつも口に出す勇気はなく、
ただ女の顔を見上げる。
そこには川辺で語りかけてきた時と同じ―――敵意を感じさせない女の微笑があった。
「あれはアタシの妹で、名は棗。アタシは氷雨(ひさめ)っていうんだ。まぁ自分達で勝手につけた名前なんだけどね。」
「あ、あの・・・。」
「よし、この辺りでいっか。」
氷雨と名乗った女妖怪は、りんを一枚岩の上に降ろした。
よく見回せば、ここはどうやら森の中らしい。
氷雨は雅な仕草で向かい側に腰を下ろし、りんを真っ直ぐ見据えた。
その口元は綻んでいる。
「それで、おりんちゃん、この状況はどこまで把握できてる?」
「・・・・・・。」
この姉妹が共謀してりんを攫い、殺生丸に何かを仕掛けようとしていることだけはわかる。
しかしそれ以外はわからないことだらけだ。
あの妹・・・棗がりんに向かって言った言葉の数々も、この姉妹と殺生丸の関係も。
黙り込んで困った顔をしているりんを見て、
氷雨はころころ笑った。
「ふふ・・・雨に降られた置き去りの子犬みたいな顔して。」
「い、いえ、あの・・・。」
「どこから訊けばいいかわからないほど混乱してるかい?そうねぇ・・・どこから話してあげようか。」
氷雨はだらりと垂れたままのりんの両手に目を留め、
すまなそうに眉を下げた。
「手足が動かないかい?」
「はい・・・。」
「痺れ薬を嗅がせたからねぇ。薬が抜ければ害は残らないけど、暫く我慢しておくれ。」
「あの・・・。」
「ん?」
「どうしてこんな事をするんですか?」
「・・・・・・。」
氷雨は黙って微笑した。
りんが悪いことを尋ねてしまったのかと緊張したほど、淋しげな微笑だった。
「そうだよね、それが知りたいよね。」
「・・・・・・。」
「これはね、アタシらの『復讐』なんだよ。・・・・・・アタシと、妹の。」
「復讐・・・?殺生丸さまに?」
それには答えず、氷雨は気を取り直したように明るい笑顔を向けてきた。
「ねぇおりんちゃん、一つ昔語りをしてあげようか。」
「昔語り?」
「ああ。血も涙もない、非人情な二人の遊び女の話サ。」
美しい女妖怪は目を伏せた。
そして語り始めた。
昔々、孤児の姉妹がいた。
その姉妹は親の顔はもちろんのこと、自分らの名前すら知らなかった。
身分も後ろ盾もなく、妖力も並程度・・・取り柄など何一つなかった。
しかし、妖怪としての取り柄は皆無だった姉妹だが、“女”としての魅力は十二分に備わっていた。
それをはっきりと自覚し始めたのは、記憶の限りなく最初の方―――まだ幾つにもならないうちだった。
そして姉妹は知った。
この世界で生き抜く唯一の方法を。
「そこからは真っ逆さまに転落人生サ。」
氷雨は自嘲するように言った。
「男から男へと渡り歩いて・・・なるべく強い男へとね。時には人間のお殿様もたぶらかしては豪遊三昧。そして飽きちまったり、都合が悪いことが起こればあっさり次の男へ乗り換える。他人の夫を寝取ることなんて何とも思っちゃいない。身が危険になれば何者をでも身代わりにして雲隠れしては、生き延びてきた。」
呆気にとられるりんに、昏い笑みを向ける。
「酷い女だろ?」
「それが・・・?」
「そうサ、それがかつてのアタシ達。アタシと、棗のやってきたこと。」
氷雨は空を仰いだ。空にはもう星が瞬き始めている。
「自分らがまともじゃないってことはわかってたんだけどね、他の生き方を知らなかったからこれでいいんだって思ってたんだ。」
「でも、どこかで変わったんですよね?」
「ん?」
「それが昔語りなら、どこかで転機があったってことですよね?」
「まぁ、ね。それが良かったのか悪かったのか、未だにわからないんだけど。」
苦笑した氷雨は、不意に真面目な表情に戻り、りんを見据えた。
「その転機があの男――――殺生丸だよ。」
りんの目が大きく見開かれた。
「あの男が、棗の・・・あの子の運命を狂わせた。」
「・・・どういう意味ですか?」
「簡単なコト。棗はあの男に惚れちまったのサ。」
氷雨は痛々しそうに笑う。
りんは言葉も出なかった。
りんは言葉も出なかった。
「最初はそんなつもりはなかったんだ。いつものあの子の・・・いや、アタシらの生き方として殺生丸に近付いた。意味も情も後腐れもない関係になるはずだった、これまでのようにね。」
「・・・・・・。」
「けど、月日を重ねるうちにあの子の気持ちは変わってしまった。」
この上なく冷徹だが、誰よりも強く美しい妖の男。
「重ねた月日ったって、そんなに長いもんじゃないんだけど、あの子の想いを育むには十分だったんだろうね。アタシはそんな妹を見て、あの子も遂に幸せを掴めたのかな、なんて呑気に喜んでた。」
しかし、そうではなかった。
「あの男は妹の心情が変化するや否や、あっさりあの子を捨てたのサ。」
「・・・・・・。」
「あの男にとっては妹に芽生えた情が邪魔だったんだろう。・・・気の強いあの子が泣くのを見たのは、あの時が初めてだったよ。」
「・・・・・・。」
りんは俯いた。
力の入らない自身の手を見つめながら殺生丸のことを考える。
氷雨の話は全て事実なのだろうが・・・りんにはどうしてもぴんとこない。りんの知っている殺生丸は、そのようなことをする男ではない。
「でもね、あの子はそれでも正気でいられたんだ。仕方ないって笑えるくらいまで立ち直ってくれた。だからアタシらはまた二人で支え合って生きていけた。」
「・・・・・・。」
「その暮らしを狂わせたのが、あんただよ――――おりんちゃん。」
「え・・・―――――えぇ!?」
りんは驚倒した。
まさかここで自分の名前が飛び出してくるとは予想だにせず、
狼狽のあまり岩から転がり落ちてしまった。
「こらこら、何やってんだい。」
氷雨が苦笑しつつりんを一枚岩の上に座らせた。
「す、すみません。あまりに驚いてしまって・・・。」
「そう?話の流れ的に予想できなかったかい?」
「できません・・・。」
「・・・意外に鈍いんだね、おりんちゃん。」
「・・・・・・。」
反論はできない。
が、言われてみれば、棗から浴びせられた言葉の数々がどのような意味を持っていたのか、
霧が少しずつ晴れてきたような気がする。
氷雨はますます苦笑した。
「殺生丸に捨てられた女は棗だけじゃない。関係を持った女は数多存在しても、あの男の心を奪った女なんて一人もいない。それを知っていたから、あの子も正気を保っていられたんだね。」
「正気・・・・・・。」
「でも一人だけいるだろ?あの男の“弱点”とされ、人里まで足を運ばせるほどの影響を与えた娘さんが。」
「・・・それがわたしだと・・・?」
「他に誰がいるんだい?」
りんは俯いた。
思考がぐるぐる回ってまとまらない。りんは、自分がそのような大きな意味を持っている人物だとはどうしても思えなかった。
だってりんは殺生丸の恋人でも何でもない。
大切に思われていることは自覚しているし、それはりんにとって何より嬉しいことではあるが、昔の恋人に嫉妬されるような関係でないことだけは確かだ。
人里に来てくれる。綺麗な土産物を手ずから与えてくれる。話を聞いてくれる。また会いに来ることを約束してくれる――――それは事実だ。
しかし愛を囁かれたことなど一度もない上に、
あの美しい妖が自分のような平々凡々たる人間の娘に男女としての愛情を抱くなど、
りんにとっては御伽草子以上に非現実的な話だ。
恋人という言葉が持つ意味も、愛しいという感情もまだよく理解できていないりんだが、
犬夜叉やかごめ、もしくは弥勒と珊瑚のような関係に自分達があたらないことは断言できる。
それを伝えればこの状況は変化するのだろうかと考えつつも、
微かな痛みが胸を刺した。
先程の棗の言葉が蘇る。
“ねぇ、今までどんな風に愛されてきたの?”
――――りんは愛されているわけじゃ、ない。
胸の内で返答した途端突き刺さるような痛みを感じ、
慌てて口を開いた。
「氷雨さんも・・・同じなんですか?」
「何が?」
「氷雨さんも殺生丸さまのことが好きだったんですか?だから復讐しようとしてるんですか?」
氷雨がゆっくり瞬きをした。思わぬ方向から球を投げられた、という表情をしている。
それから口を歪ませた。
「アタシは違うよ。冗談でもやめてくれ、あんな高慢な男。アタシの好みの対極だ。」
言いたい放題だ。
「じゃ、じゃあどうして・・・?」
「妹をまるで道具のようにあっさり捨てた。そして心を壊した。それだけで理由なんて十分だろ?」
冷淡に言い捨ててから、氷雨は柔らかい表情を浮かべた。
「おりんちゃんに恨みはないよ。でもあの男の弱点という理由で、ここにいてもらわなきゃならない。悪いけど・・・・・・。」
「その必要はないわ。」
不意に遮られた氷雨の声。
暗がりからゆらりと姿を現したのは話題の中心人物―――殺生丸を愛したが故に心が壊れてしまったという棗だった。
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